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極私的・偏愛映画論『トスカーナの休日』選・文/清水香那(『STARDUST』オーナー) / January 25, 2019

This Month Theme心地よい住まいに憧れる。

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忘れ去られていた家に、人々の手が注がれる。

 日々の出来事の中には、より良い人生を歩むための道しるべになるような「サイン」が常に天から届いている(と私は感じている)。理屈では説明できない「心が、にわかに沸き立つような感覚」。これを見つけたら、それはまさに「サイン」と呼んでいいかもしれない。
 ささやかすぎて見落としてしまいそうだ。この訪れた「サイン」に素直に心を開いてその流れに身を任せてみると、思わぬ方向に人生が導かれていくことがある。
 ダイアン・レイン扮するヒロイン、フランシスは結婚生活が破錠。その後いつまでも沈んだままの彼女を見兼ねた親友からイタリア、トスカーナ旅行を突然プレゼントされる。
 ツアーバスの窓からふと目に留まった売り家、「Brama Sole」(太陽の家)という通称を持つ築300年の古い家との出会いは、その後の彼女の人生を変えてしまう。
 見えない何かの引力がフランシスと家との間に働いたのだ。私が店を営む築約90年の古い町屋との出会いも、「店をやろうと思う。だから物件を探している」と、友人に打ち明けたほんの数時間後の出来事。運命的なものを感じた。不思議な引力が私とこの古い家との間に働いたのだと思う。京都には街中に素敵な古い家が沢山残っている。だが切ないことに壊されてしまう家も多くて、その光景に出くわすと毎回心が痛む。ここまで残ってきた古い家や建造物には、経年変化だけが醸し出すことができる独特の空気感や詩的な美しさがある。だから古い家を改装するプロセスは大変だが喜びも大きいのだ。手付かずで忘れ去られていたその家に、人々の手が注がれ笑い声が響き始めると、次第に家に血が通いだす瞬間がある。息を吹き返し、そこに集う人々と一緒に家も喜びで輝きだす。「これから沢山一緒に良い時間を過ごそうね」。改装中、次に何をしたら良いかわからなくなったとき、私が家に話しかけていた言葉だ。この場所は今、フランシスの「Brama Sole」のように私やここに集う人々を温かく包んでくれているように思う。そしてトスカーナの村人達を見守る聖母マリアの愛らしい微笑みにフランシス同様、私も勇気をもらっている。劇中、フェデリコ・フェリーニの言葉が幾度となく引用されていて印象に残る。
 「どんなことが起ころうと、いつも子供のように無邪気でいること。それが一番重要なこと」天から届くサインを見逃さないように。人生に心を開いて。子供のような無邪気さを失わないこと。恋をすること。人生を楽しんでと。この映画には幸せに生きるためのメッセージが宝石のように散りばめられている。

illustration : Yu Nagaba
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2003年に製作されたアメリカ・イタリア合作映画。フランシス・メイズの小説『イタリア・トスカーナの休日』が原作。原作者と同じ名の主人公、フランシス役は、ダイアン・レインが好演。白いドレスを身に纏ったフランシスが、郵便配達員のバイクの後ろに乗って恋人の住むアパートまで送ってもらうシーンが個人的に好きだ。ダイアン・レインの爽やかで知的な女っぽさは私の永遠の憧れ。
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Title
『トスカーナの休日』
The Adventures of the Wilderness Family
Director
オードリー・ウェルズ
Screenwriter
オードリー・ウェルズ
Year
2003
Running Time
113分

『STARDUST』オーナー 清水 香那

『スターダスト』店主。長屋を何風でもなく改装した空間に、洋服や器、ジュエリー、仏・リヨンから届く茶葉など、清水さんの心に響く美しいものを揃える。

stardustkyoto.com

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