BOOK 本と言葉。

矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。July 28, 2023

住まいを考えると暮らし方も見えてくる。住まいのプロである矢野直子さんが、自邸を紹介しながら、影響を受けた本などについて教えてくれた。矢野さんの心地よい住まいと、これからの家づくりや住まい方の参考になる大切な本の話はこちらから

ここでは、矢野さんが選ぶ住まいづくりや考え方を養った12冊の本を、矢野さんのコメントと合わせて紹介します。

1冊目:有機的な住まいや環境づくりのきっかけに。

クリストファー・アレグザンダー 鹿島出版 パタン・ランゲージ 環境設計の手引 矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。
『パタン・ランゲージ 環境設計の手引』
著 クリストファー・アレグザンダー他
訳 平田翰那 (鹿島出版会)

都市計画家であり建築家の著者が、環境設計において基本単位〝パタン〞を設定。各パタンで、建物は何階建てにすべきかなどの問題を提起、検討、解答を示す。「たとえば、住まいで〝静かな奥〞があると向こうに歩いていくワクワク感が生まれて効果的だから、短くても玄関から入って奥を作ることで、室内に入るストーリーを想定する。こういう示唆がいくつも書いてあります。設計士ではない私にとって、いい住まいづくりを考えるうえで助力になる本」

2冊目:句から家の中にある日常の風景が感じ取れる。

白鳳社 中村汀女句集 自選自解 現代の俳句6 矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。
『中村汀女句集 自選自解 現代の俳句6』
著 中村汀女 (白鳳社)

高浜虚子に師事した昭和を代表する女性の俳人本人が、作品を選んで解説。「二十四節気を意識するのに季語を知りたくて、歳時記をよくめくっています。中村汀女の句は、松尾芭蕉のように出かけていった先の風景ではなく、家から見える風景を詠んでいるのがいいんです。好きな句は『豆飯や人寄せごとに心浮き』。炊きたての豆ご飯の香りが広がってくるよう。俳句は季語という条件があって、その中で組み合わせていくもの。ある意味デザインですよね」

3冊目:陰翳礼讃につながる思索で公的施設を作る。

すず書房 ペーター・ツムトア 建築を考える 特装版 矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。
『建築を考える 特装版』
著 ペーター・ツムトア
訳 鈴木仁子 (みすず書房)

土地の持つ力を信じ、地域の素材で光と影を感じさせる公的施設を作った建築家が、理想の建築について語った初めてのエッセイ集。「彼の作ったスイスのスパに行ったことがありますが、森の中にあり、土地の石を積んで作られていて素晴らしかった。写真の本はテキスタイルデザイナーの須藤玲子さんが表紙を手がけ、葛西薫さんがデザインした限定300部特装版で、大切に保管しています。普及版は大阪の会社に置いていて、ときどき拾い読みをしています」

4冊目:納まりなど住まいのディテールを自ら解説。

宮脇 檀 彰国社 吉村順三のディテール 住宅を矩計で考える 矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。
『吉村順三のディテール 住宅を矩計で考える』
著 吉村順三 宮脇 檀 (彰国社)

モダニズム建築の巨匠が、図面の要と考える矩計(建物の断面詳細図)や、枠まわり、建具、異質な材料との取り合わせである納まりなどのディテールを、彼が設計した具体的な住宅の図面から解説した一冊。「私の持っている部屋は築57年なので、電気化されておらず、換気も煙突。でも風の通りが計算されているから、どんなに香りの強い料理を作ってもこもらない。浴室も換気扇はありませんが、窓からちゃんと換気される。そしてその窓枠が美しいんです」

5冊目:社会問題を見通していたデザイン思想の本。

田中一光 白水社 デザインの前後左右 矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。
『デザインの前後左右』
著 田中一光 (白水社)

生活の基本的営みに関わってきたデザインが、高度情報化社会で皮膚感覚など人の感受性が薄れることや、環境汚染によって変化することに警鐘を鳴らす1995年刊のエッセイ集。「正直やや難しい本で、高尚なこともたくさん書かれています。でも、どの会社で仕事をしていても、一光さんのこの思想がずっと頭のどこかにある。会社で読めるからと手元に置いていなかったのですが、意外と手に入りづらくなっていたことに気づいて、約2 年前に購入しました」

6冊目:環境問題の視点から経済や政治を俯瞰する。

みすず書房 グリーン経済学 つながってるけど、混み合いすぎで、対立ばかりの世界を解決する環境思考 矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。
『グリーン経済学 つながってるけど、混み合いすぎで、対立ばかりの世界を解決する環境思考』
著 ウィリアム・ノードハウス
訳 江口泰子 (みすず書房)

消費主義社会が生み出す危機的な状況を、グリーンの観点から解決するためのアイデアを集めている。「環境にやさしいといわれるエネルギーを住まいとつなぎ合わせた場合、どういう効果があって心地いい家になるのかを、この先は考えていく必要があります。デザインは最後に行う仕事ではなく、素材開発などで基本の部分から経済と環境の問題をクリアする家づくりを目指すこともできる。デザインの考え方を狭めてはいけないと感じさせられました」

7冊目:会期中の出来事を追ったドキュメンタリー本。

皆川 明 青幻舎 つづくで起こったこと 「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」展 矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。
『つづくで起こったこと 「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」展 93日間の記録』
著 ミナ ペルホネン/ 皆川 明 (青幻舎)

「この本には数種類のカバーがあって、私が手に入れたのはこの絵のバージョン。大好きな絵です。これは会場に皆川さんが即興ペイントした作品で、最初に面積を見て、与えられた制作時間とで、どういう画風にするかなどを考え、時間に収めるように描いたそう。数学者っぽいですよね」。東京都現代美術館の『ミナ ペルホネン/皆川明 つづく』展で、皆川明とクリエイターやアーティスト12人との対談をテキスト化。展覧会をリアルに振り返ることができる。

8冊目:住まいとその周りとともに考える庭づくり。

荻野寿也の「美しい住まいの緑」85 のレシピ 矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。
『荻野寿也の「美しい住まいの緑」85 のレシピ』
著 荻野寿也 (エクスナレッジ)

「建築と造園を分けずに一緒に考えてほしい」と願う著者の庭のつくり方を、写真と図面を多用して説明。「荻野さんは地域の樹木を選んで、自然に配していく造園家。私はマンション暮らしが長く、今まで造園にあまり興味が向いていなかったのですが、戸建てを建てる何よりの贅沢は庭だと教わりました。彼が大事にしているのは、家の中の特等席と、そこから見える緑のあり方。あと、家の周りというのは街並みづくりに強く影響すると理解できました」

9冊目:目で見て手でめくって得るデザインのヒント。

ブルーノ・ムナーリ モノからモノが生まれる 矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。
『モノからモノが生まれる』
著 ブルーノ・ムナーリ
訳 萱野有美 (みすず書房)

プロダクトデザイナーでもある著者が、デザインを立ち上げる思考の展開を感覚的に刺激してくれる本。手でめくることを意識してビジュアルが作られている。「料理、家、アクセサリー、子どものためのおもちゃ、車など、具体例と失敗例も挙げながら企画設計の方法論をすごく楽しく書いてくれています。ムナーリは大人が見ても美しい絵本を作っている人。この本もデザインがページにまたがってつながっていて、パラパラめくっているだけで面白いんです」

10冊目:仕事とともに言葉にも注目した作品集。

深澤直人 EMBODIMENT Naoto Fukasawa 矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。
『EMBODIMENT Naoto Fukasawa』
著 深澤直人 (Phaidon Press)

企業の店舗やプロダクトデザインを手がけてきた2007年から10年間の仕事をまとめた作品集。写真もふんだんに使われている。「この本は英語ですが、日本語訳では頷ける言葉がたくさん出てきてものすごく読み込みました。ともに仕事をした成田空港第3 ターミナルの椅子や、無印良品の小屋も掲載されています。最後の仕上げは研ぎ澄ますのではなく、ふわっと整える。そんな心持ちで、自分もデザインチェックを行いたいと思いました」。日本語訳は非売品。

11冊目:巨匠の仕事を間近で見た建築家のアアルト論。

武藤 章 鹿島出版会 アルヴァ・アアルト 矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。
『アルヴァ・アアルト』
著 武藤 章 (鹿島出版会)

「どういう環境に人を置くか、という彼の思考は、吉村順三と通じる考え方かもしれません。彼が建てたものは、結局誰かの豪邸ではなくて、地域に根ざす街づくりなど全部公共的なもの。その仕事を見るとヒューマンスケール(ものの大きさを人間の大きさを尺度に考えること)を大切にしている人だと思います」。フィンランドの歴史、自然の感触、都市的な空間、ディテールと家具のデザインなどの章に分けて解き明かした、アアルト建築を知るための本。

12冊目:日本の色と風土を考察した伝統文化論集。

大岡 信 朝日新聞出版 日本の色 矢野直子さんが選ぶ、住まいづくりや考え方を養った12冊の本。
『日本の色』
編 大岡 信 (朝日新聞出版)

企業PR誌の特集をもとに編まれた一冊。日本人の色の感性の変遷をたどり、色、風土、言葉、時間を探究。編者以外にも、歌人の馬場あき子が色と文芸を、ジャーナリストの森本哲郎が世界の色と日本の色について執筆している。「気温や湿度、生えている樹木や土の色など、土地の気候によって家の色や素材、佇まいが異なるという話にぐっときました。北欧は冬も夜も長いから、家の中を明るく温かみのある空間にする人が多いのも、ここにつながる話です」

photo : Masanori Kaneshita text : Akane Watanuki edit : Wakako Miyake


積水ハウス 業務役員 デザイン設計部長 矢野直子

東京都生まれ。多摩美術大学卒業後、1993年、良品計画入社。2003年にプロダクトデザイナーの夫・賢さんの赴任でスウェーデンへ。同時に業務委託でMUJI Europe Holdingsに従事。帰国後、三越伊勢丹研究所(旧伊勢丹研究所)に入社、’13年から再び良品計画へ。生活雑貨部企画デザイン室長を経て’20年に積水ハウス入社。現職に。

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