FOOD 食の楽しみ。
小さなタルトに愛をぎっしり詰め込んで。長野・軽井沢の『tarte K』を訪ねて。April 20, 2025
ベテランフードライター、P(ぴい)さんが教えてくれた、とっておきのおやつに出合える店。2025年4月10日発売の特別編集MOOK「おいしいPレミアム通信」より、特別にWEBでも公開します。
夏は避暑、秋は紅葉、冬は静けさを味わいに。観光客が絶えることのない軽井沢。いつだって軽井沢は憧れの街だ。今日は、2020年に静かにオープンしたタルトの店へ。端から端まで買いたくなるのをじっと我慢。実にいい店です。


小さくて目立たないが 存在感大のタルトの店。
軽井沢に夢のようなタルトの店がある。
白い木の扉を開けると、よくあるショーケースではなく、愛らしいタルトがお行儀よく並ぶ。黒い石の器にのせられ、ステムの短いワイングラスのようなクロッシュをかぶせた中で、キラキラ輝くタルトたち。宝石みたいだ。なかでも、マスカットやナガノパープルを使った季節のタルトは華やかさが際立つが、季節が終われば、また来年となる(涙)。
この店、浜田晃子さんがたった一人で営む。お菓子作りから販売、事務に経理……。何から何まで、一人でこなす。実は浜田さん、お菓子作りはほぼ独学である。製菓学校にも行っていなければ、修業もしていない。それをあからさまに客から揶揄されたこともある。でも、大事なのは今である。
小さな子どもでも、もちろん大人だって、安心して食べられるお菓子。長野県産の小麦粉、白砂糖ではなく粗精糖や黒糖、厳選の発酵バターなど、間違いのない食材を用い、どこにもない味を創り出す。あんず、梅、花豆、ルバーブ、クルミや小布施の栗、山ブドウやサルナシなど、季節によって移り変わる地元のフレッシュな果実を用いるのも特徴だ。
スペシャリテは「タルト・オ・ヴァン・キュイ」(赤ワインのタルト)。ヴァン・キュイとは煮詰めたワインのこと。中世のスイスやフランスでは、高い栄養価ゆえ万能薬といわれたそうだ。洋梨やリンゴのすりおろしでも作られるというそのヴァン・キュイをタルトにしたのが、スイス南西部の伝統菓子「タルト・オ・ヴァン・キュイ」だ。「初めていただいたとき、その何ともいえない奥深い、やさしい味わいに感動して、パリにお住まいのスイス人の方に作り方を教わったものです」と浜田さん。ワインではなく、地元・小諸の松澤農園のリンゴで作る。松澤農園は開園以来75年間、一度も除草剤を使わず、毎年土壌検査をして必要な分だけ有機質肥料を与え、11種類のリンゴを作っている農園。なかでも50年以上経つ古木の紅玉を絞り、ゆっくりゆっくり6時間煮詰めて、とろりとしたレジネ(スイス・ヴォー州では、ヴァン・キュイのことをレジネと呼ぶそう)を作る。それをプリンのベースに混ぜてタルトに。こんなふうに、最高の食材を用い、一見シンプルなのに、一品一品手間と時間をめちゃくちゃかけている。真心を込めている。聞けば聞くほど、知れば知るほど、「ガンバレ〜」と応援したくなる。
今回、「ピュイ・ダムール(愛の泉)」の作り方を見せてもらって驚いた。軽く表面をキャラメリゼして仕上げる店が多いなか、浜田さんはカソナード(サトウキビ100%のフランス生まれの茶色い砂糖)をたっぷりのせて、焼きコテでジューッと表面全体を焦がす。たらたらたらりとキャラメルが周囲に流れるほどに、だ。まるで愛が爆発して流れ落ちている感じ。豪快だ。独特で楽しい。カリッとキャラメルを割って口に含むと、何ともいえない香ばしい香り。愛の泉って、こんなにも情熱的なお菓子だったんだ、なんて思って、クスッと笑いたくなった。
旧軽井沢の軽井沢銀座のすぐ近く。土日祝しか営業していないけれど、うまく日程を合わせて訪ねたい。
tarte K
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢480‒7 ☎0267‒31‒5484 土日祝のみ11時30分〜売り切れ次第終了 ほか不定休もあるため、詳細はインスタグラム(@karuizawa_tarte_k)でチェックを。中にも花豆を入れた抹茶と花豆のタルト880円、バスク風チーズタルト890円など。
写真/長野陽一 文/P(ぴい)
ライター 渡辺 紀子
