INTERIOR 部屋を整えて、心地よく住まうために。
家の中の、”隠の空間”を大切にしてみる。伊藤貴亜さん、伊藤順子さんの心が鎮まる家。September 24, 2023
家で羽を休めるために「寝室に朝の光はいらない」と考えた。
伊藤貴亜さんと順子さんは共にフルタイムで働く夫婦。職場での立場が変わったり、転勤したり、子どもが生まれ、働き方を変えたり。順子さんの言葉を借りれば、「オンでは変化が目まぐるしい」ふたりだそうだ。結婚前は、公務員である貴亜さんが東京、ウェディングプランナーだった順子さんが神戸と離れて暮らしていたが、結婚を機に順子さんが上京。今の家を購入し、リノベーションすると決めたとき、スイッチをオフにして、羽を休められるような家づくりにこだわった。
「『壁をなくして一空間に』とか『光を取り込んで明るく』と、その道の専門家から、そういったアドバイスを受けましたが、私たちが家に求めたのはオープンさでも明るさでもなくて。むしろ、陰の部分を持つ家だったんです」と順子さん。
貴亜さんも「共に外では人との交わりが多く、バタバタとしていて、いわば、陽の要素が強いほう。だから、家は、自分たちの気を落ち着かせることを第一優先にしたいと思いました」と頷く。
そんな願いは、寝室に色濃く表れている。順子さん曰く、「日の光で目覚めるポップな朝は私たちに似合わない」と、こだわったのは、〝籠もり感〞。出入り口を高さ95㎝程度の引き戸にし、ダブルベッドが入るだけの小さな個室に仕立てた。
「茶室のようなたたずまいが気に入っています。家の中でいちばん暗い北側に配置し、さらに壁で閉じています。壁に遮られ、外からは全貌が見えづらく、中から外も同様。光も届きづらい。まさに羽を休めるにはうってつけといえます。昼間でも寝転んだり、本を読んだり……。ただただ、ベッドで過ごすことを堪能するだけのここでの時間が、家族全員、大好き!」とは貴亜さん。
本、といえば、夫婦で揃って、作家・吉本ばななファン。特に著書『キッチン』に出てくる家が好きで、家づくりの際の着想源のひとつとなった。
「公園の隣にマンションがある設定なんです。今住んでいるマンションも、周りを緑道や公園に囲まれていて。初めての内覧で、『キッチン』のマンションに似ている!とピンときて、次の瞬間にはほぼ、購入を決意していました」とふたり。
この家には触れるべき場所がもうひとつある。洗面スペースだ。閉じた寝室とは反対に、壁をなくして開いた3 畳ほどの広さに、アイランド型の洗面台が立っている。洗面ボウルが一辺側に寄っていることから、余白部分でアイロンがけをしたり、洗濯物を畳んだり、パソコン仕事をしたりもできる。ユーティリティ性が高い。
「洗面室こそ陰という考え方をするのかもしれません。でも我が家の場合、羽を休められることを陰だとするなら、その要素は寝室で叶えています。それで、洗面室づくりはあえて逆の発想で」
歯を磨くためだけに空間を閉じてしまうのではなく、家事をしながらも皆が会話でき、寄り合え、どうとでも使える在り方を選んだ。
住んで5年。ふたりは「気を張った外時間を過ごして帰宅すると、この家が『人間、いつも明るくしていなくたっていいよねぇ』と思わせてくれ、楽になれるんです。よそからは、一風変わって見えるのかしら。でも家族は気負わずにいられるんです」と、今あらためて家への感謝を口にした。
PROPERTY DETAILS ENOKIDO’S HOUSE
家族構成 夫婦、子ども1人 広さ 66.08㎡
築年数 39年 居住年数 5年 2018年にリノベーション
伊藤貴亜 公務員
伊藤順子 会社員
貴亜さんは教育関連施設の設計職に就き、順子さんはIT企業で組織戦略を担う。長男の紺くんは3歳。設計、施工は〈nuリノベーション〉に依頼。
この記事は、『アンドプレミアム』NO.118「心地よい住まいを、考えてみた」に掲載されたものです。
photo : Yuka Uesawa edit & text : Koba.A