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極私的・偏愛映画論『2300年未来への旅』選・文 / 小谷実由(ファッションモデル) / October 25, 2022

This Month Themeひとり時間の豊かさに浸る。

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“23世紀の世界”にひとり、もの思いに耽ける。

私が30歳になるとき、一番に思い出したのはこの儀式だった。 西暦2274年、人類は親子や夫婦という関係を持たず、個人の世界を全てが管理されたドーム都市の中で形成されていた。ここではひとつの大きな決まりがある。それは、増えすぎた人口を抑制するために、30歳になると“新生”という名の下に抹殺されてしまうというもの。人々は新生して、またこの世に新たな命として戻ってくると信じている。全ての人の掌に埋め込まれたキラキラと光る石。それが赤く点滅したときが新生のサイン。定期的にスタジアムに集められる30歳を迎えた人々は、白いマントとマスクを被り、怪しい閃光の中ふわふわと浮かび上がり、やがて火花を散らして消えていく。それらを興奮し、歓声を上げながら見届ける30歳以下の彼らも、いつかはこの儀式に参加する。多くの人はこの儀式を何もおかしいことだと思っていない。生まれた時から決まっていたことであり、これは2274年では自然の摂理なのである。

30年という歳月は、短いようだけど、思い返したいことはいくつかあると思う。思えば 遠くまで来たものだ。と思わずにはいられない。噛み締めたいことがたくさんある愛おしい時間だった。そんなときに新生!リセットです!なんて、まっぴらごめんである。色々準備も知識も整ったし、ここからが本番だというのに。252年早く生まれていてよかった。

この映画の主人公は、未来警察のローガン。彼は、時折現れるあの儀式からの逃亡者を発見し、取り締まる。そんなある日、ローガンは、逃亡者から押収した持ち物から、“聖地“へ繋がる道への鍵を見つけてしまう。ローガンは「逃亡者たちの聖地を破壊せよ」という命令を受け捜査を開始するが、そのうちに自分たちの生きるこの理想郷のシステムに疑念を抱き始める。

もしも私が252年遅く生まれ、この理想郷にいたらどうするだろう。ここにいる人々と同じように全てが管理されたあの場所で限られた時間を有意義に過ごすのか、逃亡して自分の可能性を広げようとするのか。恵まれた環境の中、悠々自適に暮らしているのに、脱出するには海の中を泳いだり、逃亡者を氷漬けにしようとするアイスロボットと戦ったり、ペラペラの布のような服だけで山道を登ったり降りたりしなくちゃいけない。そしてその山道を超えて辿り着くのは……。 ちょっと待って、私にはハード過ぎて無理かも……私、逃亡しないかも。

それに、私はこの理想郷の近未来な雰囲気があまりにも好きなのだ。私が憧れる1970年の大阪万博で繰り広げられた未来のような世界。見るからに適温そうな空間と、欲望だけで生きているお気楽な人々しかいないユートピア。そして、年代別に色が変わる服が可愛くて、私は16歳から着ることができる緑の服をずっと着ていたい。劇中で「赤は逃げやすい」と未来警察に注視されるし、決まりだから従うとはいえ、新生するのはやっぱり楽しみではないと思うから26歳からの赤い服はあまり着たくない。

30年で人生を自動的に終えるなんてまっぴらごめんだ! と最初に豪語しておきながら、自分ならどうするか目線でこの映画を観ていると、早々に私は30年を有意義に満喫して新生する(と、信じる)コースを選びたいと考えてしまった。何度も言うけど252年早く生まれていてよかった。

ちなみに理想郷の外に広がる世界で、唯一いいなと思ったのは、たくさんの猫と暮らしている一人の老人が暮らす場所。毎日何も変わりなく、たくさんの猫たちとただのんびりとひとりで暮らしている。これはこれで私にとっては理想郷であり、聖地だ。ここに行けるなら脱出も悪くないかも。氷漬け攻撃をしてくるアイスロボットとも少し戦う気になった。あいつはボディが弱かった、ボディを狙おう。
と、2022年にひとりでとめどなく色々すっ飛ばした未来への“思考の旅“をするのが私にとってはなんとも有意義な時間である。

illustration : Yu Nagaba
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“デート回路”に乗って、気に入った相手とマッチしたらそこにワープ、「マザー」という喋るコンピューターなど70年代に想像していた未来がもしかしてこれって今でいうこれじゃ……? と思うものが登場。ちなみに逃亡者もスマホのような探知機で探しています。音楽は近未来の快適な空気感とそこに見え隠れする不気味さがオーケストラや電子音で巧みに表現されています。ついツッコみたくなっちゃうチープさは、この時代のSF映画の愛おしいところ。
Title
『2300年未来への旅』
Director
マイケル・アンダーソン
Screenwriter
デヴィッド・ゼラッグ・グッドマン
Year
1976年
Running Time
119分

ファッションモデル 小谷 実由

1991年生まれ。東京都出身。モデルとしてファッション誌やカタログ・広告を中心に活動。初のエッセイ集『隙間時間』(ループ舎)が発売中。本サイトで愛猫しらすとの日常を綴った『モデル・小谷実由としらすのペロリな日々』を連載。Instagram(@omiyuno)も人気。

instagram.com/omiyuno

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