Music

土曜の朝と日曜の夜の音楽。今月の選曲家/小林和人October 19, 2018

October.19 – October.25, 2018

Saturday Morning

Title.
Lyrics To Go
Artist.
A Tribe Called Quest
誰かが蹴り飛ばした警報機のアラートが鳴り響いたかと思えば、辺り一体が遠い記憶の様な鍵盤のフレーズと、そして朝靄のような歌声に包まれる。ざらりとしたビートが始まると、二人の抒情詩人による質感豊かな言葉が紡ぎ出される。
ヒップホップが内包する「内省的な視点」に光を当て、という説明ももはや不要な存在であろう、ア・トライブ・コールド・クエストの中でやや隠れた存在であるこの曲が、私は一番好きである。
高校時代の一時期に繰り返し聴いた結果、夢の中にまで忍び込んできた。
警報の正体は、ジェームス・ブラウンのグループに参加していたケニー・プールのギター、真綿のヴェールのような歌声はミニー・リパートン、そしてエレクトリック・ピアノの演奏は、ジョー・サンプルが遺した無形文化財である。
ニューヨークのクイーンズという都市の中でコラージュされた様々な音が、利根川の土手を眺めて思春期を過ごす郊外の少年に届き、四半世紀経った今でも胸の内に鳴り響いている。
但し、そこから想起される風景は、ビルの谷間ではなく、竹林を透かして差し込む夕陽だったり、朝の光に輝く霜柱といった光景ではあるのだが。
アルバム『Midnight Marauders』収録。

Sunday Night

Title.
The Circle
Artist.
Ivan Ave
ニューヨークのブロンクスから始まった、恐らくは地域通貨の様な存在だったであろうヒップホップという概念は、もはや国を超えた共通認識として、その多様性とともに様々な地域に浸透している。という歴史の教科書みたいな話は置いておくとしても、イヴァン・アヴェという気になる才能が、ノルウェーから出てきたことに驚きを感じるのは私だけではないだろう。
ある日、たまたま作業中に開いていたSoundCloudで彼のDJを耳にした。スピリチュアル・ジャズやサイケデリック・ロック、東欧のフュージョン、宇宙的なブギー……、様々なジャンルの音楽が燻らす煙の様に立ち籠めるそのプレイに思わず惹き込まれていった。気になって調べると、教職に就きながらレコードを掘り、抒情詩をラップする日々を送るオスロ在住の若者とのことで、更に興味が膨らんだ。
アルバムのリリースはベルリンの「Jakarta Records」から、プロデュースを手掛けるのはMndsgnを始めとしたLAの面々、といった様に大陸すら超えた協働をしつつも、当人はオスロに居ることを大事にするその姿勢も共感が持てる。
 “The Circle”というタイトルで思い出したのは、或る敬愛する先達が、自らの半生を「私の人生、丸じるし」と評したこと。各地を飛び回りつつ、地域を大切にする彼女とアヴェ氏の姿は、どこかで重なる。
アルバム『Helping Hands』収録。
&Music / 土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ

&Music / 土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ

音楽好きの“選曲家”たちが月替わりで登場し、土曜の朝と日曜の夜に聴きたい曲を毎週それぞれ1曲ずつセレクトする人気連載をまとめた「&Music」シリーズの第2弾。 23人の選曲家が選んだ、週末を心地よく過ごすための音楽、全200曲。 本書のためだけにまとめた、収録作品のディスクガイド付き。

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生活用品店 店主 小林 和人

1999年より国内外の生活用品を扱う店『Roundabout』(ラウンダバウト)を運営。2008年には、物がもたらす作用に着目する場所 『OUTBOUND』(アウトバウンド)を開始。 両店舗の全ての商品のセレクトと展覧会の企画のほか、執筆やスタイリング、ホテルの家具コーディネートなども手掛ける。著書に『あたらしい日用品』(マイナビ)、『「生活工芸」の時代』(共著、新潮社)がある。 
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