BOOK 本と言葉。
道具への好奇心に突き動かされた、〈スタジオ木瓜〉主宰・日野明子さんのやむことがない本への愛情。March 09, 2025
生活のまわりにあふれる道具たち。使いやすかったり、かわいかったり、気に入る理由は様々。問屋としてそんな道具と長年つきあってきた〈スタジオ木瓜〉主宰・日野明子さんは、読書がものを選ぶ“見る目”を養ってくれたと語る。日野さんの暮らしと、道具への造詣が深まる本を紹介してくれた。

本から知識を得て、もの選びの目を養う。
日野明子さんの住まいは、東京・大森の2階建て一軒家。1階には倉庫とダイニングがあり、2階はほぼ本で占められている。書庫と書斎、寝室と一応部屋ごとの役割はあるが、すべての部屋に本がひしめいている。本棚は友人でもある、沖縄を拠点に活躍するデザイナー、真喜志奈美が製作。
「前の家に住んでいたとき、とにかくものが多いので、溢れるものたちをどうしたらいいか、真喜志さんに相談したんです。そうしたらあっさり、引っ越すしかないね、と。引っ越したら本棚をプレゼントすると言ってくれたんです。それで今の家に移って約束通り、作ってくれたのがこれです」
本棚も道具の一つ。取り出しやすいよう奥行きが浅く、棚板も薄くすっきりとしている。背側に筋交いが入っているので耐久性にも優れる。
「でも、うっかりすると収まりきらず、床にもどんどん積まれてしまうので、定期的に片付けをしよう、とは思っています」

片付けるといっても整頓であって処分するわけではない、というのが日野さんの本好きの表れ。ショップと作り手を結ぶひとり問屋として、25年近く日本の日用品や道具と関わるなかで、本は常に知識の助けとなってきた。
クラフト、民藝、工芸、民俗学・民具、地場産業、デザイン、職人、商い……。カテゴリーに分けつつ、著者が同じものは近くに並べる。
そこには大学時代の恩師である工業デザイナー、秋岡芳夫のコーナーもある。その一冊『割りばしから車まで』を取り出して見せてくれた。
「1971年に書かれたものですが、公害問題、働き方、地域おこし的な話もあって、時代が追いついたという気がします。作り手がこうなったらもっと豊かになるのでは、といった章もあり、今読んでもいろいろな気づきを与えてくれます」
子どもの頃から人がものを作っているのを見るのが好きだったという日野さん。
「大学で秋岡先生に出会えたのは本当にラッキーでした。職人の話や食器のこと、生活道具を作る話など、まさに私が学びたいことを教えてくださいました。さらに、同じく工業デザイナーの山口泰子さんの講義もあり、道具の歴史をいろいろ教えてくださった。二人のおかげでやっぱり人が作る道具って面白いのだと思えたんです」
大学卒業後は会社員として働き、フィンランド〈イッタラ〉の営業担当に。その後、日本のクラフトにも触れるようになり独立。その過程で、避けて通れないのが民藝というキーワード。柳宗悦らが提唱した民藝運動は、生活スタイルやものに対する考え方を大きく変化させた。
「そんな民藝について、影響を受けた側からの視点で綴ったのが『民藝の歴史』です。民藝品店『銀座たくみ』の社長だった志賀直邦さんによるもので、柳宗悦のことも柳の本を読むよりわかりやすい。民藝とはどういうものなのか、すっと体に入った気がしました」
『アウト・オブ・民藝』は、民藝運動の周辺にいながらはぐれてしまったものに着目。
「よくここまで調べたと脱帽します。私自身、このレベルでクラフトのことが書けるか自信はない。古い資料にあたり、人間関係についても調べ上げています。その姿勢は見習いたいですね」
また『光原社 北の美意識』は民藝と深く関わっている岩手・盛岡の有名店の話。
「会社員だった頃、盛岡に一人旅をして光原社に行きました。そこで柴田慶信商店の曲げわっぱのお弁当箱や福島の刺し子を購入。その後もアジアのハサミなどいろいろ買い物をしたのですが、どうやって仕入れているんだろうと、ずっと不思議だったんです。また、民藝のものをどうして扱うようになったのかも謎だった。それが、この本を読んで解明。今度行ったら、オリジナルのコーヒーキャニスターも絶対に買おうと思っています」
民藝以前の、古くから伝承されてきた日用品の“かたち”を写し出した『かたち 日本の伝承1 木・紙・土』も何度も手に取っているもの。
「日本の道具は美しいと目覚めさせてくれた教科書的存在です。この本のようにフィルム時代のきちっと撮られた写真から、ものを見る力が培われたと思います。それが今、実際にものを選ぶときにも生かされている気がします」
写真を見て楽しむ本としては『Showa Style 再編・建築写真文庫』にも発見があるという。
「昭和28年から45年まで刊行された『建築写真文庫』のなかの商店施設を集めて都築響一さんが再編したもの。喫茶店やバー、ホテルなどが載っていて、この時期にこんな道具を使っていたんだ、と見入ってしまいます。“台所”といった巻もあるので、生活道具編も作ってほしいです」
日常の道具ではないが『江之浦奇譚』は、歴史を経たものの持つ美しさや背景に驚嘆した一冊だ。
「杉本博司さんが設計した『江之浦測候所』に置かれている事物との因縁を綴った本。めくるめくエピソードにため息が出ます」
骨董の目利き、秦秀雄をモデルにした『珍品堂主人』は、版違いで3冊も持っているお気に入り。
「主人公が料亭を開くため最高の漆器を使いたいと石川・山中の産地を訪れます。その様子がけっこう細かく書かれているんです。私がそういう仕事をしているからかもしれませんが、産地の話があるのが面白いし、作り手のもとに足を運ぶってやっぱり大切なことなのだと実感します」
もののすべてについて、自らの半生を交えながら綴った『すべての雑貨』は、雑貨について考える機会を与えてくれるもの。
「雑貨店を営む著者の三品輝起さんのイジケっぷりも読みどころです(笑)」
さらに『買えない味』と『北京の台所、東京の台所』も道具を考えるよすがになる2冊だ。
「平松洋子さんが台所道具について書いているのが『買えない味』。面白おかしいし、的確なんです。ウー・ウェンさんの『北京の台所、東京の台所』は直接の道具についての記述は多くありませんが、文章から道具のあり方が見えてくるよう。セイロもちゃんと使おうと心に決めました」
そして「暮らしにとってエレガンスは大事だと思わせてくれたのが『グレース ファッションが教えてくれたこと』」だと言う。「最初はドキュメンタリー映画を観たんです。グレースさんのエレガントな世界が格好いい!と感激して本を購入。道具の本ではありませんが、脳みそを刺激してくれます。毎日バタバタしてしまう自分の生活とはまったく異なる世界ですが、暮らしを豊かにしてくれるエッセンスが詰まっています」
日野さんが自分で使っている道具自体は、本からではなく実際に動いて探してきたものが大半。それでも、書物で知識を吸収することで見る目は養われていく。膨大な蔵書からの深い知識と、現場での経験。「まだまだです」と言いつつも、今の暮らしは、その集積で成り立っている。
photo : Masanori Kaneshita edit & text : Wakako Miyake