河内タカの素顔の芸術家たち。アンドレ・ケルテス
 — Andre Kertesz
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Andre Kertesz
 / November 10, 2020 河内タカの素顔の芸術家たち。
アンドレ・ケルテス


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アンドレ・ケルテス  / Andre Kertesz
1894-1985 / HUN
No. 084

ブダペストにて生まれ(ハンガリー名はケルテース・アンドル)、独学で写真を習得しフリーランスで活動を行う。1925年にパリに移住し新聞やグラフ誌などで報道の撮影を行うとともに、発売されたばかりの35ミリのライカを使いこなし、スナップショットの分野でパイオニア的存在となっていく。ピカソら前衛芸術家たちと交流を続け、特にマン・レイからはシュルレアレスムの影響を受ける。1936年にニューヨークへ移住後は商業写真の仕事などに携わるも、知名度はそれほど上がらなかった。しかし、1964年にMoMAで開催した個展を機にアメリカにおいて知られるようになっていった。

ライカの誕生で運命が変わった男
アンドレ・ケルテス

 世界初の35ミリカメラ「ライカ」が発売されたのが1925年のこと。ハンガリーの首都ブダペストに生まれ、その後パリに移り住んでいた一人の外国人写真家にとって、このことはとてつもなく大きな“事件”だったのではないかと思います。当時31歳だったアンドレ・ケルテスは、この革命的とも言われた小型カメラを購入するや、すぐにその優れた特長を見出し、軽量かつコンパクトなカメラを最大限に活かしたような絶妙な作品を撮り、やがて20世紀でもっとも重要な写真家の一人といわれるまでになっていきました。

 ライカが登場するまでは、三脚を必要とする大判カメラが主流だったわけですが、それは構図や明るさを決定してから撮らなければいけなかったのです。しかし、ケルテスはそのような計算された写真にそもそも興味がなかったようで、何気ないパリの街の風景や、なにかに没頭し夢中になる人々などをストレートに撮り、それらをなんとも不思議な魅力を持った独特の世界へと変貌させたことで、新しい写真の姿というものを提示したのです。

 ピカソやブランクーシ、モンドリアンやマン・レイなど、当時のパリにはケルテスのように世界中から集まってきたアーティストが多く住んでいました。故郷ハンガリーの訛りがなかなか抜けなかったケルテスでしたが、そういった前衛的な芸術家たちからは、高い技術力と感性を持った職業写真家として尊敬されていたといいます。ケルテスは彼らのポートレートを数多く残すとともに、報道写真と芸術の両方の分野で目覚ましいい活躍をし、アンリ・カルティエ=ブレッソンら気鋭の若手写真家たちや、同じハンガリー出身で当時はまだ新聞記者だったブラッサイにも大きな影響を及ぼしました。

 アンドレ・ケルテスの写真がなぜ魅力的なのか、それを一言で表すなら「撮ることの喜びに溢れている」ところではないかと思います。日々の出来事をまるで日記を書くようにピュアな感性で撮り続けたジャック=アンリ・ラルティーグにも通じる少年のような純粋さがあり、それに加えて、自分が単純に面白いと思ったものをすばやく的確な構図とアングル、そして絶妙な明度で撮ることができたからだと言えるかもしれません。

 代表作の一つである「モンドリアンのパイプと眼鏡」のように心が洗われるほど美しい静物写真などを残す一方で、写真技法に関する実験意欲も旺盛だったケルテスは、それまで見たこともないような写真、例えば、鏡を使用し歪ませグニャリと曲がった「ディストーション」によるヌード写真など、視点の新しさが強烈に感じられる革新性に満ちた作品も多く残しました。

 10年ほどパリを拠点にしていたケルテスでしたが、1936年には欧州各地で次第に激しさを増していた戦禍から逃れるために、家族とともにニューヨークに移り住みます。ワシントン・スクエア・パークの北側の高層アパートに住み、コンデナスト社での仕事を基盤としながら、1972年に発売された「ポラロイドSX-70」を使ったカラー写真撮影を行うなど常に前進し続け、91歳で亡くなる晩年まで写真を撮り続けていました。そんなケルテスの作品集を時々取り出して眺めていると、いつもなにかしろの新しい発見をしてしまうのですが、それほどケルテスという人の写真は革新性と驚きに満ち溢れていて、まさに写真を見ることの喜びを教えてくれる人であるのです。

Illustration: SANDER STUDIO

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『On Reading』(W W Norton & Co Inc)1971年に刊行されたケルテスのベストセラー写真集。「読書」をテーマとし、さまざまな人が本を読む姿を撮りためたユニークな一冊。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した新刊『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編となる書き下ろしの新刊がまもなく発売される。