Art素顔の芸術家たち

This Month Artist: Hans Wegner / August 10, 2018 ハンス・ウェグナー文/河内 タカ

ハンス-ウェグナー
Hans Wegner
1914-2007 / DNK
No.057

1914年にデンマークとドイツの国境の町トゥナーで生まれ、13歳のときから家具職人の下で修業を始める。その後、17歳にして指物師の資格を取得し、美術工芸学校でデザインを学ぶ。卒業後はアルネ・ヤコブセンの事務所に勤務しながらデンマーク第二の都市オーフスの市庁舎の家具デザインの設計に携わる。コペンハーゲン美術工芸学校で教鞭を執りながら、中国の明朝時代の椅子に影響を受けた「チャイニーズ・チェア」やジョン・F・ケネディが座った「ラウンドチェア/ザ・チェア」などをデザイン。生涯、膨大な数の椅子をデザインした〝椅子の巨匠〟として知られ、今でもカール・ハンセン&サン社から製作されている。1995年はウェグナー美術館が故郷トゥナーに開館、2007年1月26日に92歳で逝去した。

500種類もの椅子のデザインを手がけた
ハンス・ウェグナー

 デンマークにおいて、モダンアートと現代アート界から世界的にも有名なアーティストがあまり輩出されなかったのは(ぼくが知らないだけかもしれませんが)、おそらくデザインと建築の分野であまりにも偉大な才能が世に知られてしまったからなのではとも思うのですが、それほど先駆的だったデザイン界の巨匠たちによる数々の偉業は、ある意味、デンマークという国の代名詞になっていると言っても過言ではないのかもしれません。中でもハンス・ウェグナーは、その洗練されたデザイン性と高度な職人技によって、ダニッシュデザインの認知度を高めるのに大きな役割を果たしたということに議論の余地はないのではと思っています。

 数年前の話で恐縮なのですが、コペンハーゲンにあるデザインミュージアムで行われていた『ハンス・J・ウェグナー展』を訪れ、そこでかなりの点数のウェグナーが手がけた椅子(もちろん、その多くは状態が完璧なヴィンテージです)を古いものから順に観ることができたことは本当に幸運でした。彼の代表作であり世界で最も売れたイスのひとつである「Yチェア」やケネディ大統領がテレビ討論の際に腰掛けて一躍有名になった「ザ・チェア」、さらには「シェルチェア」や「ピーコックチェア」などを見てあらためて感じたことは、彼やフィン・ユールやアルネ・ヤコブセンやボーエ・モーエンセンが手がけたデンマークにおける近代家具が芸術作品と称されていることが納得がいき、彼らがいかに異次元レベルのデザイナーたちだったかということをあらためて実感してしまったのです。

 ハンス・ウェグナーは1914年に生まれ、すでに10代にして指物師(「指物」とは釘などの接合道具を使わずに、木と木を組み合わせて作られた家具・建具・調度品などの総称です)のマイスターの資格を取得。さらに1936年から1938年まで美術工芸学校でデザインを学び、在学中にその後長きに渡っての親友となるモーエンセンと知り合っています。そして卒業後はアルネ・ヤコブセンの事務所に勤務し家具デザイナーとして関わっていくことになりわけですが、指物師としての腕前に長けていたウェグナーだっただけにデザインと制作の両方ともでき、木という素材を熟知し高い職人たちによる「ジョイント」や「曲げ木」の技術力に裏付けられた椅子は、その見た目の美しさだけでなく機能的で、兎にも角にも座り心地がいいのが大きな魅力です。

 デザイン事務所を設立したウェグナーの仕事が最初に注目されたのは、「チャイニーズ・チェア」で、それは中国の明時代に作られた伝統的な椅子を見直し、そこからさらにリ・デザインをし現代的かつ機能的な椅子として生まれ変わらせました。それから彼は約60年に渡ってなんと500種類以上もの椅子のデザインをコンスタントに行い、椅子デザインにおいて世界的なマイスターとしてその名を轟かせるようになっていきました。そんなウェグナーが椅子作りにおいてもっとも尊敬していたのが、成型合板やプラスティックなど工業製品を用いていたチャールズ・イームズだったことを知り、そのことは最初は意外にも感じたのですが、でも考えてみれば木や合板や構造に対しての実験精神が旺盛だったイームズにかなり多くの面で通ずるものが多くあったのだろうなと、ウェグナーの傑作を目の当たりにしながら感慨に耽ってしまったというわけです。

Illustration: Sander Studio

『Hans J. Wegner: Just One Good Chair』(Hatje Cantz Verlag Gmbh & Co Kg)ハンス・ウェグナーの素晴らしい作品を通じて、彼の人間性やユーモア、人生について探る一冊。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。