河内タカの素顔の芸術家たち。E・J・ベロック — This Month Artist: Ernest James Bellocq | Art | & Premium (アンド プレミアム)

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This Month Artist: Ernest James Bellocq / December 10, 2019 河内タカの素顔の芸術家たち。
E・J・ベロック

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Ernest James Bellocq / E・J・ベロック
1873 – 1949 / USA

No.073


アーネスト・ジェームス・ベロックはアメリカ南部の街ニューオーリンズに生まれ、商業写真家として船舶や工場関連の仕事をしていたと伝えられている。小男で幼少の時の病が原因で額部分が肥大化し、その容貌のためか友人もほとんどいなかったという。「ストーリーヴィル」と呼ばれた娼婦街の女性たちを内密に撮り貯め、自分で焼いたプリントもほとんど人に見せることもなく72歳の生涯を終える。死後にアパートから見つかった紙焼きプリントや乾板ネガが地元のアートディーラーに渡ったことで、写真家のリー・フリードランダーを介して世界に知られていくようになった。

密室で撮られた謎のポートレート
E・J・ベロック



 優れたポートレート写真というのは写真家とモデルの緊密な共同作業なしには生まれない。アーネスト・ジェームス・ベロックというニューオーリンズ生まれの写真家が撮った女性たちのポートレートは間違いなくそのひとつであり、被写体たちの心の内や感情さえもうかがい知ることのできるほど優れた写真作品です。

 ベロックが撮った写真、というか現存しているのは大人の女性のポートレートしかありません。それも密室においておそらく一対一の関係で撮られたような写真しか残っていなく、しかもそれらの多くが全裸であったり下着姿だったりするのです。なぜだと思います? それは撮られた女性たちの多くが娼婦たちだったからで、おそらくこれらの写真は他人に見せることを前提として撮られていなく自分だけが楽しむものとして撮られていたようなのです。


 この無名の写真家、つまりE・J・ベロックに関しての記録はあまり残っていなく、生まれ育った地元で船や機械などを撮影するような仕事をしていたという簡単な記録が残っているくらいです。生まれながら身体に障害があり、身長も150センチほどしかなかったため(画家のロートレックを想わせますね)、おそらく彼女たちたちからもさほど危険を感じられなかったのか、ベロックの撮った女性たちの写真は妖艶なというより、どこか少女のごとく可愛く微笑みを浮かべ、その表情はみな一様に無邪気で穏やかなのです。


 実はこれらのモデルになった女性たちの素性や名前さえも分かっていなく、人の目に触れることはないという約束のもとで撮られていた写真であったのですが、ベロックの死後、住んでいたアパートのソファやベッドの下から乾板ネガの束がごっそり見つかり、それがやがて日の目を見ることになっていったというわけです。


 1951年にニューオーリンズを訪れた当時まだ新進の写真家であったリー・フリードランダーが、地元のギャラリーで行われたジャズ演奏の後に、そこのオーナーから「面白いものがあるんだが、ちょっと見てみるかい?」と箱の中に入った古いガラスのネガを見せられたというのです。ホコリだらけでそのいくつかには引っかき傷があったりヒビが入っていたりしたものの、フリードランダーはそれらを一目見るなりそのレベルの高さに驚き、結局その場で89枚すべてのネガを買い取ることにしました。


 フリードランダーはそれらをニューヨークに持ち帰り、ベロックが生きていた時代のやり方でプリントを焼いていき、ある日思い立ってMoMAの写真部門のディレクターで、優れた目利きでもあったジョン・シャーカフスキーに見せるや、「すばらしい、この人物の写真展をやろうじゃないか!」と即決。1970年に晴れて『Storyville Portraits(ストーリーヴィルで撮られた肖像写真)』と題され、すでにこの世にとっくにいなかったベロックの初の個展が開催されるに至ったのです。


 謎に包まれた写真家によるセンセーショナルな被写体ということでこの展示は大きな話題となり、その時に会場に足を運んだ小人やフリークスといったアウトサイダーな人々を撮ったダンアン・アーバスや、異形のモデルや悪趣味ともとられかねないグロテスクな作品で知られるジョエル=ピーター・ウィトキンにも大きな影響を及ぼしたことは間違いないはずです。


 過去に埋もれていた名もなき写真家が、ある日を境に忽然と世に広く知れ渡っていき、裏社会で生きていた女性たちもまた写真の中で魅力的なポートレートとして生き続けることになった……。それもこれもフリードランダーとシャーカフスキーとの出会いがなかったならば、ベロックと彼の写真はこれほどまで表舞台に出てくることはなかったかもしれず、写真の歴史というのがこのような出会いや巡り合わせによって生まれたことになにか目に見えない不思議な赤い糸のようなものを感じてしまうのです。


Illustration: SANDER STUDIO

『Bellocq’s Women』(Vintage Digital)べロックがニューオリンズで撮りためた娼婦たちの写真を紹介するだけでなく、彼と彼女たちの不思議な関係性まで探る一冊。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した新刊『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版。