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ぼくが犬を迎え入れるまでの話。「愛犬との想い出を残すために」。 写真と文:アボット奥谷 (イラストレーター) #4April 24, 2025

ぼくが犬を迎え入れるまでの話。「想い出を残すために」。 写真と文:イラストレーター・アボット奥谷 #4

4月になると思い出すことは他にもたくさんあるが、考えてみるとそのほとんどが犬に関係していることだ。

ぼくが犬を迎え入れるまでの話。「想い出を残すために」。 写真と文:イラストレーター・アボット奥谷 #4
ぼくが犬を迎え入れるまでの話。「想い出を残すために」。 写真と文:イラストレーター・アボット奥谷 #4

犬と出会う前のぼくは、フリーランスのイラストの仕事もそこそこ安定し、家族やパートナーもいないため、お金にも時間にも多少の余裕があった。欲しいものはだいたい買えたし、行きたいところにもだいたい行けた。自由な暮らしと言えるかもしれない。

だけど、実際のところ、ぼくの自由は「居場所がない」に言い換えられる「自由」だった。ぼくが自由なのは、特に誰からも必要とされてないからだ。沖に流された浮き輪みたいにただ海を漂っているだけで、何にも縛られてないけど、どこにも向かっていない、そんな風に自分のことを思っていた。

だから、周りの友人や知人が結婚したり、子供が生まれたり、会社を作ったり、家業を継いだりするたび、自分とは違って、みんなまともな大人になって行くような気がして焦った。周りは未来に向かって、どんどん変化していくのに、自分だけ取り残されて、目的もなくただ生きていくのが不安だった。どうすれば安心なのかもわからなかった。昔は好きで描いていた絵も、仕事以外ではほとんど描かなくなっていた。そうして歳を重ね、若い頃とは比べものにならない速さで過ぎて行く時間の中で、記憶に残しておきたい出来事も特にはなく、気付けば毎年年末になっている。30歳を過ぎたあたりからそれが特に顕著だ。
 
しかし、犬との暮らしが始まると、ぼくの生活は一変した。特に1歳くらいまでのパピー期は予想以上にとにかくやることが多い。さんぽに、ごはん、しつけ、糞の始末、片付け、体調を崩して病院に行き、その合間に仕事をがんばる。毎日分単位のスケジュール、目まぐるしい日々だ。あんなにあったはずの自由な時間が一気に減り、ぼーっと1日を過ごすみたいなことはなくなっていた。犬に縛られまくった、犬中心の生活、自由だったはずのぼくはあっという間に不自由になった。でも、それがよかった。だって、不自由になりたかったのだから。

ぼくのように自分を持て余していろいろ考えすぎてしまうタイプの人間には、自由な時間は多すぎない方がいいと常々思っていた。傍目からは自由で楽しげに見えていたかもしれないが、孤独や不安と向き合う時間もとても長くてしんどかった。大人が際限ない自由を楽しみ続けるのは難しい。だから、いつからか自分の自由を制限してくれる対象が必要だと思うようになった。それが犬との暮らしを決めた動機だ。毎日ズタボロに疲れるが、犬を飼う前より心はずっと元気になった。

犬と暮らすようになって、4月以外にもどんどん思い出せることは増えていった。1月から12月までみっちりと。漂っていた浮き輪に掴まる犬がいたからだ。どこかはわからないが、とにかくどこかに進み始めた。それに伴って、いろいろな出来事が起こり、今までの停滞していた自分にはなかった変化もたくさんあった。変化があると記憶に残る。1年は相変わらずあっという間だが、それまでよりずっと濃密になった。変化って大事なんだなって改めて思う。いつしか仕事以外では描かなくなっていた絵もまた描くようになっていた。犬、ありがとう。

ぼくが犬を迎え入れるまでの話。「想い出を残すために」。 写真と文:イラストレーター・アボット奥谷 #4

迎えた時は赤ちゃんだった犬が、今は立派な成犬になった。気付けばもう3歳だ。3歳の犬は人間で言うと28歳くらいらしい。あと何年かで、ぼくの実年齢も追い越してしまうだろう。考えたくはないが、犬はぼくより先にいなくなる。こんなに大切なのに。

一人で犬と暮らしているから、ぼくしか知らない犬との記憶がたくさんある。楽しいことも、しんどいことも、悲しいことも、幸せなことも、全部大事な想い出だ。もしぼくが忘れてしまったら、もう誰も覚えている人はいない。そんなの悲しすぎるだろ。だから、漫画を描くことにした。漫画は、忘れたくない犬との想い出をかたちに残すため、自分にできる最善の方法だと思う。動画や写真ではなく、絵を仕事にしている自分だからできるというのも特別で良い気がした。歳をとっていろいろ忘れてしまっても、作品はずっと残るし、その時の気持ちだって、漫画を読めばきっと思い出せる。読んでくれた人の中にもぺろ太のことは残るかもしれない。忘れたくないのだ、1ミリだって。そうして、忘れないことで、ぺろ犬がいなくなったとしても一緒に生きて行く。犬と暮らすと決めた時から、別れのことはずっと頭の中にあるが、忘れないというぼくなりの抵抗を精一杯やってやろうと思う。

以上で、独身のおじさんが犬を迎える話の連載は終わり。連載は終わっても、犬との暮らしと漫画は続くので、どこへ向かってるのかはわからないおじさんと犬のこと、たまに思い出してもらえたら嬉しい。

ぼくが犬を迎え入れるまでの話。「想い出を残すために」。 写真と文:イラストレーター・アボット奥谷 #4

edit : Sayuri Otobe


イラストレーター アボット奥谷

三重県出身。イラストレーター。雑誌・書籍・web・映像・アパレル・アイドルグッズなど、いろいろな媒体で描いてます。大体いつも元気がないです。ぺろ太という犬(シーズー)を飼ってます。『note』にて犬との生活を描いた漫画「わんまん」を連載中。

abbottokutani.com

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