作曲家 阿部 海太郎


May 27, 2022 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/阿部海太郎 vol.4

May.27 – June.02, 2022

Saturday Morning

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Title.
Messe Basse : Kyrie
Artist.
Gabriel Fauré/Michel Corboz
ある日、製本家のアトリエを訪ねると、古いルネサンス時代の合唱曲が流れていました。道具への尊敬が感じられる空間と、またご家族が宗教者ということもあって、そのアトリエは今まで見たことのない美しさがありました。ところで、アメリカに住む知人のサウンドデザイナーは、毎朝、バロック音楽をレコードで聴いています。また、ある宇宙研究者の朝はハードロックとのことでした。僕はいったいどんな朝の習慣があるだろうと、この1カ月の選曲がとても楽しかったです。最後の朝は、フォーレの小ミサ曲よりキリエを選びました。フォーレはレクイエムが大変有名ですが、この小ミサ曲にフォーレのエッセンスを感じます。休符の中に想像上の空間が広がっているようで、水面に映る向こう側の景色へ入り込む気がします。
アルバム『Requiem / Elégie / Messe Basse』収録。

Sunday Night

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Title.
Drunk Trumpet
Artist.
Kid Koala
最近、大掛かりな作曲の締切り目前のため生活がめちゃくちゃなのですが、まさに今の頭の中がこれ! という大好きな曲です。けれど考えてみると、忙しい今に限らず、日曜日の夜はこの状態が多いなあと我に返りました。家族や友人と美味しいご飯を食べたり、お酒を飲んだり、部屋で映画を見たり、ごく当たり前の楽しい時間をまた過ごせる日々を夢見ながら仕事に励んでいます。こんなふうに夢中になっているその作曲の仕事は今秋公開される長編アニメーション映画『雨を告げる漂流団地』の音楽です。映画そのものはもちろん、素晴らしい指揮者とミュージシャンによる音楽も楽しんでいただけたら幸いです。
アルバム『Carpal Tunnel Syndrome』収録。




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音楽好きの“選曲家”たちが月替わりで登場し、土曜の朝と日曜の夜に聴きたい曲を毎週それぞれ1曲ずつセレクトする人気連載をまとめた「&Music」シリーズの第2弾。 小西康陽、青葉市子、七尾旅人、長田佳子、テイ・トウワ、中嶋朋子……、 23人の選曲家が選んだ、週末を心地よく過ごすための音楽、全200曲。 本書のためだけにまとめた、収録作品のディスクガイド付きです。 詳しくはこちら


May 20, 2022 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/阿部海太郎 vol.3

May.20 – May.26, 2022

Saturday Morning

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Title.
Pitorouchka
Artist.
Agnès Chaumié
3回目の土曜日の朝は、フランスの童謡を紹介したいと思います。童謡と言っても侮ることなかれ、アニエス・ショーミエは長年に渡って幼児向けの音楽を専門にしたアーティストで、フランスらしい単純で明晰なメロディーを、驚くほどクリエイティヴな演奏と歌で聴かせてくれます。この「ピオットルシュカ」という曲は、おそらくロシア起源のメロディーでしょう。文化的な繋がりは私たち個人の人生より遥かに古く深く、現代人の都合だけで戦争をして良い理由などは無いと、過去と未来へ思いを馳せながら平和を願う朝です。このアルバム「私の小指が言いました」では他にも「ヒバリ、やさしいヒバリ」、「農家の娘」など有名な可愛い童謡も聴くことができます。
アルバム『Mon Petit Doigt M’a Dit』収録。

Sunday Night

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Title.
Rachenitza Op.18
Artist.
Pancho Vladigerov / Svetlin Roussev / Elena Rozanova
僕は最初に学んだ楽器がヴァイオリンでした。ヴァイオリンを習ったことがある人には分かる、楽器を手にした途端に心が激しく動いていく感覚を伝えてくれる曲です。ブルガリアのユダヤ系作曲家、パンチョ・ヴラディゲロフ(1899-1978年)によるヴァイオリン小品で、この曲はヴァイオリニストにもほとんど知られていません。楽器の駒(ブリッジ)の近くで奏される冒頭の主題(メロディー)はユダヤ的な哀愁があり、次第にラプソディックな展開をしていきます。日曜の夜に聴くと、夜闇に紛れて心だけが遠く旅をしにいく気持ちになります。ブルガリア出身でフランスに学んだヴァイオリニストによる演奏も素晴らしいと思います。この曲を通じて、東欧やユダヤ系のヴァイオリン文化の豊かさをあらためて知ることになりました。
アルバム『Pièces Pour Violon Et Piano』収録。




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May 13, 2022 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/阿部海太郎 vol.2

May.13 – May.19, 2022

Saturday Morning

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Title.
The Swan / Pandulen=Wasser=Fall, 1911
Artist.
Boudouin de Jaer, Adolf Wölfli
2回目の土曜日の朝は、アール・ブリュットを代表する画家、アドルフ・ヴェルフリの音楽「The Swan / Pandulen=Wasser=Fall, 1911」です。ヴェルフリの絵に現れる音符や音楽記号を、ボドゥアン・ド・ジャエルという現代の作曲家が読み解いて演奏したという、ちょっと変わったアルバムに収録されています。なんでこんなに心が落ち着くのだろうと考えました。まるで吊るされたモビールを眺めている気持ちです。作曲に欲がありません。どこか機械的な旋律であることでモビールのように風に揺れて、逆説的に自然と調和するのかもしれません。土曜日の朝は、こうやって穏やかに迎えたいものです。この珍しいアルバムのことは以前に舞台の仕事でご一緒した安田成美さんに教わりました。仕事で出会う演劇界の方々は音楽家とは一味違う耳を持っていて、いつも驚き、勉強になります。
アルバム『The Heavenly Ladder / Analysis Of The Musical Cryptograms』収録。

Sunday Night

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Title.
Froggy-Went-A-Courting 300 Turkeys
Artist.
Jim Nollman
なぜか日曜日の夜に聴くことが多い曲です。ジム・ノルマンというミュージシャンが、300羽の七面鳥(!)とセッションしていて、聴いていると、もう月曜日は来ないんじゃないか、来なくても良いんじゃないかと思えてくる、僕にとってある種のパーティーチューンです。このアルバムではクジラやオオカミともセッションしています。環境保護活動にも取り組んでいるというこのアーティストについて詳しくは知りませんが、素晴らしいアルバムだと思います。「スミソニアン博物館」のオーディオアーカイヴの一つで、このライブラリーには他にも素晴らしい音源が沢山あります。
アルバム『Playing Music With Animals: The Interspecies Communication Of Jim Nollman With 300 Turkeys, 12 Wolves, 20 Orca Whales』収録。




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May 06, 2022 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/阿部海太郎 vol.1

May.06 – May.12, 2022

Saturday Morning

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Title.
Im Wunderschönen Monat Mai
Artist.
Dietrich Fischer-Dieskau, Christoph Eschenbach
今月、担当することになりました阿部海太郎です。普段は作曲をメインにした活動をしていて、週末の感覚が完全に個人的な世界になりそうですが、1ヶ月間、どうぞよろしくお願いします。
5月は美しい季節。最初の土曜日の朝は「美しい五月には」をお送りします。ハインリッヒ・ハイネの詩にロベルト・シューマンが作曲した歌曲集『詩人の恋』の一曲目を飾る曲です。シューマンという作曲家は本当に独特だなといつも思います。その譜面を演奏すると、最初の一音からシューマンにしか出せない詩情が漂ってきます。ともすればドイツ的なクラシックを敬遠するフランス人たちもシューマンだけは例外のようです。ロラン・バルトの評論『声のきめ』は特に、シューマンの美しさに抗うことができずに筆をとり、その謎に引き寄せられている様子がとても共感できます。シューマンと共に静かに過ごす朝は、あのドイツの清涼とした空気も運んでくれます。
アルバム『Schumann: Dichterliebe; Liederkreis op.39; Selection from “Myrten”』収録。

Sunday Night

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Title.
La Gatta
Artist.
Birds On A Wire
バンドMoriartyのヴォーカリストであるローズマリー・スタンドレーと、ブラジル人チェロ奏者でユニークな才媛、ドム・ラ・ネナの二人によるデュオBirds On A Wire。ルネサンス時代の音楽からブラジルの音楽まで、世界中の歌をカヴァーして届けてくれます。どの曲も自由な解釈とチャーミングな歌声ばかりで素晴らしいのですが、特にジノ・パオリのイタリアンポップス「La Gatta」 のカヴァーを聴くと、嫌なことをなんでも忘れてしまいます。日曜日の夜に聴くと、「とりあえず今週は良かった!」と思えてしまう曲です。イタリア語の歌詞では、どこへ行っても猫のことを思い出してしまうことを歌っているようです。
アルバム『Ramages』収録。




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作曲家 阿部 海太郎

クラシック音楽など伝統的な器楽の様式に着目しながら楽器の今日的な表現を追求し、楽曲のみならず、コンサートの企画やアルバム制作など、すぐれた美的感覚と知性から生まれる音楽表現に多方面より評価が集まる。舞台、テレビ番組、映画、様々なクリエイターとの作品制作など幅広い分野で作曲活動を行う。音楽を手掛けた作品に、インバル・ピント&アブシャロム・ポラック演出『100万回生きたねこ』、『百鬼オペラ 羅生門』、森山開次演出・振付『星の王子さま ーサン=テグジュペリからの手紙ー』、NHK『日曜美術館』テーマ曲、ドラマ『京都人の密かな愉しみ』など。最新アルバムは『Le plus beau livre du monde 世界で一番美しい本』。
Photo : Takashi Homma

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