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Music土曜の朝と日曜の夜の音楽。

生活用品店 店主 小林和人


October 27, 2018 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/小林和人

October.26 – November.01, 2018

Saturday Morning

Title.
Book Of Days
Artist.
Moose Hill
寄せては返す暖かな波の様に、普遍に到達する深度を伴う旋律がいつまでも繰り返されていく。
簡素でありながら、豊穣な余白が広がる楽曲の数々が収められたこの作品は、ラウンダバウトの空気感の醸造に関わる重要な要素の一つであるといっても過言ではない。
レコード店にて導かれるように試聴してアルバムを購入し、その後、知人の紹介で初めてお会いしたムースヒルこと伊藤ゴローさんは、穏やかで奥深い、まさに音の通りの印象であった。
15年前のまだ寒い2月、ムースヒルトリオ(伊藤ゴローさん、伊藤葉子さん、吉野友加さん)の演奏会を吉祥寺にて開催した際には、縁を取り持ってくれた三品輝起くんも出演してくれた。
ラウンダバウトの空間で音を紡ぎ出してくれた皆さんによる音楽祭が、いつか開けたら良いなと、ぼんやりと夢想した或る朝であった。
アルバム『Wolf Song』収録。

Sunday Night

Title.
Radiance(Part 15)
Artist.
Keith Jarrett
凍てつく様な寒さ。暗がりの中、歩みを進めていく。吐く息が白い靄となり、瞬く間に消失する。
一瞬の空気の震えは音色となって現れ、儚くも記憶の領域に滲み失せる。
キース・ジャレットが2002年10月27日と30日に大阪と東京で開催した、2つのコンサートでの即興演奏をまとめたこの録音を聴いていると、様々な情景が心の中に立ち昇り、そして消えていく。
冷たい闇の様なイメージは、次第に温度を帯び、波高い海原の様な昂ぶりとなる。やがて遠くに見えるのは、雲の切れ間から伸びる一閃の光芒。凪に浮かぶ一艘のボート。友の穏やかな笑み。
これまでと、これからの景色を瞼の裏に投影しながら、どの様な夢を燻らせようか。
アルバム『Radiance』収録。

October 19, 2018 土曜の朝と日曜の夜の音楽。今月の選曲家/小林和人

October.19 – October.25, 2018

Saturday Morning

Title.
Lyrics To Go
Artist.
A Tribe Called Quest
誰かが蹴り飛ばした警報機のアラートが鳴り響いたかと思えば、辺り一体が遠い記憶の様な鍵盤のフレーズと、そして朝靄のような歌声に包まれる。ざらりとしたビートが始まると、二人の抒情詩人による質感豊かな言葉が紡ぎ出される。
ヒップホップが内包する「内省的な視点」に光を当て、という説明ももはや不要な存在であろう、ア・トライブ・コールド・クエストの中でやや隠れた存在であるこの曲が、私は一番好きである。
高校時代の一時期に繰り返し聴いた結果、夢の中でまで忍び込んできた。
警報の正体は、ジェームス・ブラウンのグループに参加していたケニー・プールのギター、真綿のヴェールのような歌声はミニー・リパートン、そしてエレクトリック・ピアノの演奏は、ジョー・サンプルが遺した無形文化財である。
ニューヨークのクイーンズという都市の中でコラージュされた様々な音が、利根川の土手を眺めて思春期を過ごす郊外の少年に届き、四半世紀経った今でも胸の位置に鳴り響いている。
但し、そこから想起される風景は、ビルの谷間ではなく、竹林を透かして差し込む夕陽だったり、朝の光に輝く霜柱といった光景ではあるのだが。
アルバム『Midnight Marauders』収録。

Sunday Night

Title.
The Circle
Artist.
Ivan Ave
ニューヨークのブロンクスから始まった、恐らくは地域通貨の様な存在だったであろうヒップホップという概念は、もはや国を超えた共通認識として、その多様性とともに様々な地域に浸透している。という歴史の教科書みたいな話は置いておくとしても、イヴァン・アヴェという気になる才能が、ノルウェーから出てきたことに驚きを感じるのは私だけではないだろう。
ある日、たまたま作業中に開いていたSoundCloudで彼のDJを耳にした。スピリチュアル・ジャズやサイケデリック・ロック、東欧のフュージョン、宇宙的なブギー……、様々なジャンルの音楽が燻らす煙の様に立ち籠めるそのプレイに思わず惹き込まれていった。気になって調べると、教職に就きながらレコードを掘り、抒情詩をラップする日々を送るオスロ在住の若者とのことで、更に興味が膨らんだ。
アルバムのリリースはベルリンの「Jakarta Records」から、プロデュースを手掛けるのはMndsgnを始めとしたLAの面々、といった様に大陸すら超えた協働をしつつも、当人はオスロに居ることを大事にするその姿勢も共感が持てる。
 “The Circle”というタイトルで思い出したのは、或る敬愛する先達が、自らの半生を「私の人生、丸じるし」と評したこと。各地を飛び回りつつ、地域を大切にする彼女とアヴェ氏の姿は、どこかで重なる。
アルバム『Helping Hands』収録。

October 12, 2018 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/小林和人

October.12 – October.18, 2018

Saturday Morning

Title.
John Forbid(Live)
Artist.
Jennah Bell
秋空にとり残され、いつまでも漂う千切れ雲の様に、悔いともつかぬ気持ちだけが浮かんでいる。
オークランド生まれのシンガーソングライター、ジェナ・ベルによる、物憂げな旋律に力強い歌声が印象的なこの曲を聴くと、遠い記憶とともに仕舞い込まれていた、ある感情が呼び覚まされる。
比喩に満ちた重層的な歌詞から滲むのは、再び現れなかった相手への未練。
誰しも少なからず覚えたことがあるかもしれないこの感覚を、作詞家の松本隆氏は、かつて「なつかしい痛み」と表現した。「後悔」の対義語は、「納得」だろうか、それとも「諦め」だろうか。
朝からそんな事を考えるなんて、という声が聞こえてきそうである。
EP『Live At Mother NY』収録。

Sunday Night

Title.
Mike Vick
Artist.
Killiam Shakespeare
この数年というもの、良くも悪くもインターネットを介して新たな音に出会う機会が増えた。
フィラデルフィアを拠点とする彼らの事も、ジェナ・ベルの近況をYouTubeで探していた時に偶然出会った。この楽曲自体には彼女は参加してないないが、憂いを帯びたフレーズからは、様々な情景を思い起こさせる。今月末には新たな作品も発表されるとの事で、同時代の音楽を享受する楽しみがまた増えた。
明日の事を考えながら、眠りに就こう。
アルバム『Killiam Shakespeare』収録。

October 05, 2018 今月の選曲家 小林和人

October.05 – October.11, 2018

Saturday Morning

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Title.
On Mother’s Day
Artist.
Tsuki No Wa
遠くで鳴るピアノの響きが聴こえると、コントラバスがそこに骨格を添え、テナーサックスのかすれた筆致は、エフェクターによってどこまでも続く余韻となる。高い音域から紡ぎ出される歌声に気付けば引き込まれ、祈りと酩酊は同義であるかの錯覚に陥る。
20年近く前の或る日、吉祥寺の古ビルの2階で始まったばかりのラウンダバウトに、旅人の様な痩せた男が現れた。彼こそ、Tsuki No Waのフミノスケ氏であった。
酒場だと思って階段を上がってきたという彼との出会いを機に、ラウンダバウトでの演奏会が実現した。全くの偶然ではあるが、振り返ると必然を感じずにはいられない。
この曲を聴く度に、瞼の裏に浮かび上がるのは、真夏の演奏会の風景である。鉄枠の窓とモルタルのひび割れた床、絨毯の階段。そして、汗ばんだ人々の後ろ姿。
今では店も移転し、かつてあったあの場所はもう無いが、うだる様な暑さの季節がやってくると、
あの残響音が記憶の中で聴こえる様な気がする。

アルバム『Ninth Elegy』収録。

Sunday Night

Title.
River
Artist.
FOLKLORE
偶然と必然、固有と普遍といった、相反するとされる二つの概念の境界は、意外に曖昧で、
互いに入り混じった関係なのかもしれない。
ブラームスのピアノ小品を参照した一節が印象的に繰り返されるこの曲は、固有の中から普遍性を抽出し、別の角度から光を当てる試みであるとはいえないだろうか。
もう3年も経つが、建物の取り壊しが目前に迫った2015年12月8日、移転を控えたラウンダバウトにて、FOLKLOREの演奏会を開催した。
椅子がぐるりと音楽家たちを取り囲む様な配置のなか、照明を下げ、僅かな光の中で静かに演奏が始まった。それを聴きながら、私はずっと、この場所で起きた色々な出来事、鳴り響いた音、行き交った人々について思いを巡らしていた。
演奏会のハイライトの時間の最後を飾ったこの曲が続く間、会場にいる聴衆、演奏者、その場に居る全ての人々によって、様々な個別の感情がひとつの大きな流れに注ぎ込まれ、眼に見えない悠然たる河がそこに現れた気がした。
それ以来、冬が近づくとこの曲を聴きたくなり、そしてまた、ひとたび聴くと、あの日のあの場所で共有した想いが蘇るのである。

7インチ・アナログシングル『River』収録。


生活用品店 店主 小林和人

1999年より国内外の生活用品を扱う店『Roundabout』(ラウンダバウト)を運営。2008年には、物がもたらす作用に着目する場所 『OUTBOUND』(アウトバウンド)を開始。 両店舗の全ての商品のセレクトと展覧会の企画のほか、執筆やスタイリング、ホテルの家具コーディネートなども手掛ける。著書に『あたらしい日用品』(マイナビ)、『「生活工芸」の時代』(共著、新潮社)がある。 
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