日本の美しい町を旅する。
那覇へ。首里・栄町・壺屋に「沖縄 (ウチナー) 」の面影を偲ぶ。前編August 05, 2023
琉球王国の王都・首里とその商都だった那覇。王朝の世は今は昔、名残の街並みも戦火に消えた。しかし観光客で賑わう大通りを外れて路地を彷徨えば、島人たちが「我した島沖縄」(わしたしまウチナー)として愛する風情や暮らしが仄かに浮かぶ。そんな場所を那覇の路地裏で『珈琲屋台ひばり屋』を営む辻佐知子さんが案内してくれた。
Landscape_城下の町・首里と陶器の町・壺屋。 往時を思いながら小径を逍遙(しょうよう)する。
Craftwork_『decco』と『レユニール』、首里(スイ)で出合った、今を彩る手技の粋(すい)。
Culture Spot_昼の栄町市場が楽しくなってきた。 コーヒーが繋いでいくコミュニティ。
Food_ 身も心も元気にする島料理の食堂と、 頭も体もほどく島の酒に出合えるバー。
The Guide to Beautiful Towns_那覇
古さと新しさの一体感が首里、栄町、壺屋の魅力。
那覇・桜坂の一角。「本当にこんなところに店が?」と思うような細い路地を辿った奥に、辻佐知子さんの店『珈琲屋台ひばり屋』は密やかに佇む。正確には「店」ではなく、小さな庭と一台の屋台だ。この「秘密の園」で味わう一杯、過ごすひとときを目的に、地元はもちろん、日本各地や海外からも多くの人が訪れる。そして至福の時間を楽しみながら誰もが思う。「よくこんな場所見つけたなぁ」と。そう、辻さんは日常のすき間に潜む素敵な空間や時間を見つける達人なのだ。
辻さんが惹かれるのは、新しい景色の中に古いものが垣間見えたり、昔ながらの世界に新しさが立ち現れるような、そんな情景だ。首里もそんな町の一つ。
「忘れられないのは、ゆいレールの儀保駅から首里城公園に向けて歩いたときのこと。龍潭(りゅうたん)通りに出る手前で、住宅街の小径の先に赤い首里城の立つ丘が突然バーンと現れて、すごい感動したんです。それが炎上する2日前でした」
首里城公園や金城(きんじょう)町の石畳道はもちろん美しいが、彼女のお気に入りはかつての城下町だった桃原(とうばる)町、大中(おおなか)町、当蔵(とうのくら)町の界隈。
「車も通れない細い道が迷路のようになっていて、そこにワザと迷い込むんです。すると昔からの建物や湧水(ゆうすい)、拝所などがあったりして、琉球の時代にタイムスリップしたような気分になります」
首里城が再建される2026年を待つ間、そんな町歩きに旅の時間を使うのも一興かもしれない。
1年ほど前に栄町市場の近くに自宅を引っ越した辻さん。今ではアジア的なディープな飲み屋街、餃子の町として全国区になったが、彼女がぜひ訪れてほしいと思うのは、昼の栄町市場。そこには観光向けではない、昔ながらの沖縄の「市場(マチグヮー)」の風景がある。
「お肉屋さんも何軒かあるのですが、みんなそれぞれ行く店が決まっていて、私は『安座間(あざま)精肉店』さん。トンカツを作るときは必ずここで買います。行くと『今夜はトンカツね。何人で?』と声をかけてくれます。市場では肉でも魚でも野菜でも、作りたい料理を伝えれば、一番いい素材、いい部位、いい分量を教えてくれる。もっと昼の市場を使いこなさなきゃ、というのがこの1年の反省です」
昼の栄町市場の最新トピックは、今年1月の自家焙煎コーヒー店『COFFEE potohoto(ポトホト)』の市場内移転だろう。2006年以来、間口1間(けん)のコーヒースタンドとして営業してきたが、焙煎所を併設し、飲食スペースも設けた。今や昼の市場の「広場」的存在だ。
「昼の市場がマチグヮーの良さを残したまま、さらに活気が出てきたのは、『potohoto』の山田さん夫妻の頑張りが大きいと思う。紗衣(さえ)さんは栄町市場商店街組合の事務局長として市場を支え、哲史(てつし)さんはコーヒーという飲み物の力で人々と市場を繋げている。その地域に根ざした活動は、同じコーヒー屋として本当に尊敬します」
ここ1年、市場にはコーヒーと連動するように、ケーキ屋、パン屋、レコード店、洋書店などが続々オープン。旅人も昼の市場を気軽に楽しめるようになってきた。
壺屋は言わずと知れたやちむん(焼き物)の町だ。陶器店が並ぶ「壺屋やちむん通り」を外れてスージグヮー(路地)に入れば、柳宗悦ら民藝運動の面々が愛した町の残像がそこここに現れる。
また壺屋は、沖縄戦で焦土となった那覇で、最初に住民が戻ってきて、生活や商売を始めた町でもある。そんな土地柄が持つ磁場は、今も新しい住民や店舗を引き寄せる。特にここ数年の都市整備事業によって、壺屋と桜坂が繋がり、農連市場のあった開南や浮島通り周辺も人の流れが変わった。観光客で賑わう第一牧志公設市場を中心とするアーケード商店街を囲うようにして、その外環を成すこの壺屋・桜坂・浮島通り界隈は、センスのいい店が続々生まれている現在の那覇のホットスポット。まさに古くて新しい町なのだ。
「このあたりはもともと商売中心に人が行き交うエリア。それでも私が好きな店の人たちは浮ついてなくて、みなさんしっかり地に足が着いている。ウチナーンチュも、県外から来た人も、沖縄文化へのリスペクトがあって、この地域を誇りにしている。商売も大事だけ
ど、沖縄や地域の役に立ちたいという思いをより強く感じます」
沖縄の民衆の国歌とも呼ばれる名曲『芭蕉(ばしょうふ)布』のフレーズ「我した島沖縄(ウチナー)」。その思いの中にこそ、那覇の暮らしの美しさの秘密があるのかもしれない。
「那覇に住んで20年近くですが、出会った人や屋台のお客さんに教えられて、この10年ほどでようやく沖縄文化の深い魅力がわかるようになった気がします。まだまだ沖縄への興味は尽きないですね」
辻 佐知子 『珈琲屋台ひばり屋』店主
千葉県出身。2004年初頭、東京・有楽町を歩いていて、沖縄でコーヒー屋台を開く天啓を受ける。同年7 月に那覇で開業。屋台の場所は現在5 か所目。営業は10時30分~19時、雨天休。詳細はTwitterで。▷那覇市牧志3‒9‒26
那覇市内各所へは那覇空港からゆいレール利用が便利。首里エリアは首里駅または儀保駅下車だが、ここでのオススメは儀保駅から首里城公園に向けて歩くルート。栄町市場は安里駅下車すぐ。壺屋・桜坂・浮島通りエリアへは牧志駅下車、徒歩10分程度の範囲内。迷ったら第一牧志公設市場を目指しリセット。
photo : Yu Zakimi illustration : Jun Koka edit & text : Katsuyuki Mieda