日本の美しい町を旅する。

九州の真ん中、熊本。都市と自然とが溶け合う場所。前編July 29, 2023

70万以上の人口を抱える市街地に、美しい水と緑が溢れる熊本。市民の水道水を100%地下水で賄う、国内でも稀有な場所だ。熊本城のすそを市電と車が頻繁に行き交う街で、地元の人々が食堂のように出入りするのが『諸国家庭料理PAVAO』。店主の平沢えりなさんが、熊本市中心部と周辺の歩き方を教えてくれた。

Landscape_美しい水が流れる城下町を レトロな市電が繋ぐ。

熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
「水の都」と呼ばれる熊本は、加藤清正が築いた城下町を中心に発展した街。地上では 「市電」と呼ばれる路面電車、地下には清らかな水をたたえる。街中を通る一級河川・白川。「大きな水面がきらきらと輝く様子にハッとする」と平沢さん。
熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
一日に約58万トンもの湧水量を誇る江津湖は街の水を支える存在であり、「熊本の豊かさを実感する場所」。週末はボートを漕ぐ人で賑わう。
長崎次郎書店/喫茶室 熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
2016年の地震を経て、復興の途上にある熊本城。名城らしい堂々とした佇まいは健在で、通町筋の電停からは街を見守る城の姿が。
熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
大正13(1924)年竣工の建物を今に残す『長崎次郎書店/喫茶室』(熊本市中央区新町4‒1‒19)。正面を路面電車が走る風景は、ノスタルジックそのもの。

Craftwork_『工藝きくち』で教わる、 〝民藝の道〞をゆくもの。

工藝きくち 熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
小代焼(しょうだいやき)や小鹿田焼(おんたやき)など九州を中心とした国内の民芸品から、中国の銅やかん、韓国のスッカラ、フランスの鳥かごなど、海外の生活道具までがぎっしりと詰まった店内。開業50年近くになる『工藝きくち』(熊本市中央区大江4‒11‒17)は、全国の民芸ファンがわざわざ訪れる聖地だ。暮らしに取り入れたいものが必ず見つかり、今は亡き名手の作品にもじかに触れさせてくれる。ここを訪れる理由はいくつもあるが、店主・菊池典男さんの話を聞くために足を運ぶ人も多い。「作り手が変わりゆくなかで、本来の〝民藝の道〞から外れていないものを選びたい。柳宗悦が残した民藝の考え方にたびたび立ち戻っては、ごまかしがないものを並べたいんです」。菊池さんのその言葉に、店をもう一周したくなる。

Culture Spot_小さき声を届ける『橙書店』で、 自分の心が欲する本に出合う。

橙書店 熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
案内人の平沢さんいわく「熊本は素晴らしい書店が集まる街」。新旧の個性的な店々のなかでも、開業22年を迎える『橙書店』(熊本市中央区練兵町54‒2F)の存在が際立つ。店主の田尻久子さんは選書について「普通の本屋では埋もれてしまうものばかりかもしれません。社会的には少数派の人々についての本というか。私がいいと思ったものを置いているだけなんですけどね」。自然な態度で編まれた書棚は訪れる人の心に寄り添い、いま必要としている本を手に取らせる。『橙書店』の前身はカフェ『orange』。窓辺の喫茶スペースとカウンターで、田尻さんの淹れるコーヒーが飲める。
熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
2016年からは、故・渡辺京二の発案で創刊した文芸誌『アルテリ』の編集室も担い、バックナンバーの販売も。

Food_ 『ワインショップ クルト』が広げる ナチュラルワインを楽しめる店々の輪。

ワインショップ クルト 熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
ナチュラルワインを出す店がじわじわと増えている熊本。その仕掛け人といえるのが『ワインショップ クルト』(熊本市中央区上通町11‒3‒1F)の古賀択郎さんだ。東京・幡ヶ谷でワインバー『キナッセ』を営んだのちUターン。業界の人々が頼り、仕入れに通う店では、一般客にも一本から販売してくれる。「キュヴェ玉名」などのオリジナルもリリース。
ワインショップ クルト 熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
すれ違えないほどに積まれたワインから、古賀さんと話して一本持ち帰りたい。
中華そばSANYO 熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
『クルト』から仕入れたワインが飲める4 つの店を、ペアリング別に紹介。『中華そばSANYO』(熊本市中央区南坪井町7‒17)の無添加・無化調の中華そば 醤油(¥935)には、素材そのものの味わいが感じられるフレッシュな赤を。
クラシク 熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
「ふらりと一杯」を歓迎してくれる小さなビストロ『クラシク』(熊本市中央区新町2‒6‒10)。シャルキュトリー(¥2,300)には爽やかな赤が最適解。
POMBO 熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
7 時半からオープンの『POMBO』(熊本市中央区大江5‒3‒1)で、朝からエッグトースト(¥550)で一杯という贅沢な時間。
バルール 熊本 九州 諸国家庭料理PAVAO 旅
大ぶりの焼餃子(¥1,100)が名物の、創作中華とナチュラルワインの店『バルール』(熊本市中央区城東町5‒41‒2F)。たっぷりの肉汁と、ぶどう本来の甘さを感じる白が好相性。

The Guide to Beautiful Towns_熊本

震災から7年を経て、発見で満ち溢れる街に。

 おいしいものに事欠かない熊本で、ローカルの皆が「とっておき」と口を揃える店が『諸国家庭料理PAVAO』。「行ったことがある国の料理はアレンジして、ない国の料理は本を読んで想像しながら自分らしく作っています」と話すのは店主の平沢えりなさん。エスニックを中心に仕立てる野菜たっぷりの品々は、街中で働く若者から圧倒的な支持を集める味。気づけばナチュラルワインを片手に両脇の客と挨拶を交わし、店を出る頃には友人になっていることもしばしばで、「人間交差点」と呼ばれる所以。その中心にいる平沢さんは「とにかく水がいい」と、熊本の魅力を語り始めた。

「水のおかげでおいしい野菜が育って、ポテンシャルが高い素材を使って料理ができるのは本当に嬉しい。暮らしていると慣れてしまうけれど、綺麗な水があちこちで湧いていることで、街が健やかな空気で溢れているように感じる」

 全国的には阿蘇の水源が知られるが、街に程近い江津湖も湧水池。周辺をランニングする人、水遊びをする子ども、水面に映る夕焼けを眺める人……、美しい湖が暮らしの一部に溶け込んでいる。

「あと手仕事を扱う店と本屋も充実していますよね。20歳のときから通う『工藝きくち』は大切な場所。民芸品を扱う近頃の店のセレクトとは違い、何年も作り手の元に足を運んだからこその、説得力のあるもので棚が埋まっています」

 店主の菊池典男さんは民藝運動の流れを汲み、今日までの民藝の歴史を見守り続ける数少ない人だ。

「全国的に見てもきっと貴重な店だと思います。それに民藝といえば、意外と知られていないけれど『熊本国際民藝館』も楽しい場所」

 熊本の本屋といえば、『橙書店』は本好きに知られる名店。そして古本屋が多い並木坂に構える『古書 汽水社』は、平沢さんがよく足を運ぶ本屋のひとつ。

「まず、素敵な古本屋が街の中心部にあること自体がいいですよね。それに『汽水社』は、古本に抵抗がある人でも気にならないほど綺麗な状態で売っているんです。アート系が充実したセレクトや、店先の本棚で通りすがりの人が立ち読みしている光景も好き」

 街の中心部から路面電車で10分ほどの距離にある『長崎次郎書店』も、旅人に薦めたい書店だ。

「上通アーケードにある『長崎書店』の本店である『長崎次郎書店』は、建物がとにかくクラシック。それでいて地域の書店としての役割をしっかり果たしていると思います。一度閉店してしまったけれど、再開したときは本当に嬉しかった。上階の喫茶室は当時の内装を残しているから、雰囲気もそこから見える景色も素晴らしい。著名な作家や漫画家たちが立ち寄るのも頷けます。どの書店も個性的なんです」

 ほかにカルチャースポットとして立ち寄るべきは、様々な顔を持つアーティスト・坂口恭平さんの私設美術館『Museum』。

「あるときは作家、あるときは画家、あるときはミュージシャン。そんな彼の存在自体が稀有なもので、熊本にいてくれてありがたい人。経済のサイクルを自分で生み出して動かして、周りの人にいい循環を生み出そうとする生き方は、いつ会っても変わらないし尊敬できる。だから彼の絵は素敵だと思うし、せっかくだから直接観に行ってほしいです。彼もたまに、うちの店に寄ってくれます」

 平沢さんの『PAVAO』がある並木坂近くには、熊本にナチュラルワインを浸透させた『ワインショップ クルト』や、『クルト』のワインを楽しめる『バルール』『中華そばSANYO』も軒を連ねる。上通アーケードから続くエリアで歩きやすく、平沢さんが県外の人を案内したい店も多い。

「もう何年も通い続けている『LOTUS』は、〝ライフスタイルショップ〞という言葉を耳にする前から、衣食住を提案しているセレクトショップ。世界各国のスタイルやカルチャーをミックスした店づくりに、常に刺激をもらっています。少し休憩したいときには『グラックコーヒースポット』へ。コーヒーがおいしいのはもちろん、古民家を改装した建物も趣があります。『ドラゴカフェアット』は大人も子どもも立ち寄りやすいオープンな雰囲気のジェラートショップ。素材を大切にしているし、味も間違いない」

 ただ、紹介した店にとらわれず、街を気ままに巡ってほしいとも。

「2016年に起きた熊本地震はとても悲しいことだったし、景色も人も大きな変化を余儀なくされました。でもそれによって生まれた繋がりや絆は確かにあって、ローカルの輪が広がったことも事実。いままさに街が元気になっている最中だから、歩くと発見があって、とても楽しいんじゃないかな」

平沢えりな 『諸国家庭料理PAVAO』店主

1978年、温泉地でもある県南の日奈久町生まれ。2008年、『諸国家庭料理PAVAO』をオープン。営業は木~土曜の夜のみ。夫は陶芸家の平沢崇義。店での器使いも楽しみたい。▷熊本市中央区南坪井町1‒9‒2F

平沢えりな
 
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今春リニューアルした阿蘇くまもと空港からバスに乗り40分ほどで、市街地中心部の通町筋に到着。九州新幹線で熊本駅で降りた際は、通町筋へは路面電車の熊本市電A系統を。飛行機からは阿蘇山、市電からは熊本城と、旅のプロローグにふさわしい美しい景色を見逃さずに。市街地内の移動は市電が便利。

photo : Shinnosuke Yoshimori illustration : Jun Koka edit & text : Yoshiko Otsuka

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