真似をしたくなる、サンドイッチ
ランチタイムだけに現れる!
バターこんがり、自家製パンのサンドイッチ。
真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.14March 05, 2022
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No100に登場した『ブロークン・ビスケッツ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
ランチタイムだけに現れる、魅惑のそれ。
友人が、「行き止まりの小さな通りにコーヒーショップを見つけて、そこのシュークリームがおいしい!」と教えてくれたのは、5年前のこと。お酒が大好きな彼女が、妊娠を機に甘いものに目覚め、色々と試しているうちに出合ったらしかった。行ってみると、スツールが4つしかない本当に小さな店で、その日はキャロットケーキを食べた。それが「パリでこんなにおいしいキャロットケーキは食べたことない!」と興奮する、好みの味だった。
2日後に再訪して、今度はサンドイッチを食べることにした。チキンに、たっぷりのルッコラと赤パプリカ、そしてアーモンドをパン・オ・ルヴァンで挟んだサンドイッチは、キャロットケーキを上回る興奮を私にもたらした。思わず笑いがこみ上げるおいしさに、これはちょっとやられたなぁ、と一人でニヤニヤしてしまったことを覚えている。
それから少ししてその小さなコーヒーショップ『ブロークン・ビスケッツ』は、店から近い大通りに2店舗目をオープンし、私は、もっぱらそちらに立ち寄るようになった。サンドイッチはバリエーションが増え、以前は仕入れていたパンも自家製になり、朝ごはん向けのバンズで作るものも登場した。
温かいサンドイッチを出していると知ったのは、最近になってのことだ。厨房とショップ部分の境目の壁に、小さなホワイトボードが掛かっていて、肉バージョンと野菜バージョンの2つが書かれていた。それらはランチタイムだけの提供で、15時近くなると、ホワイトボード自体が取り外されることもわかった。私は、買いに寄るのはおやつの時間帯がほとんどだから、見逃していたことにも納得した。
早速食べに行くと、その日の肉サンドはパストラミとシュークルートが具で、その組み合わせにも惹かれたけれど、ベジサンドの具材に名を連ねていたポロネギに、興味をそそられた。
ポロネギがメインの具のサンドイッチを、これまでに食べたことはあるだろうか。記憶になかった。パストラドサンドはまた食べに来ればいいや、と思って、その日はポロネギ入りのベジサンドを注文した。出てきたベジサンドは、思っていた以上に、ポロネギが主役だった。とろっとしたポロネギにヤギ乳のチーズが絡み、時折ハーブのペーストがそこに加わって、見事な調和を見せた。表面に満遍なく焼き色のついたパンがまたおいしかった。初めての味なのに、どこか懐かしかった。
実家にはホットサンド器があった。電気製品ではなく、火にかけて使うタイプのものだ。たまに登場するそれで作られるホットサンドは、ピーマン、玉ねぎ、マッシュルーム、ハム、とろけるチーズが具だった。喫茶店で出てくるような味のそれが私はとても好きだった。焼きたても美味しいけれど、塾用のお弁当に母が用意してくれて、アルミホイルで包み熱でぺショッとした、すでに冷めたものを食べるのも大好きだった。
『ブロークン・ビスケッツ』のサンドイッチは、その、母のホットサンドを思い出させた。チーズがとろけ出る熱々の状態で食べたけれど、冷めてもおいしいだろうと思った。翌日、今度はパストラミサンドを目当てに出かけたら、すでに売り切れで、またベジサンドを食べることになった。ところが、すでに具材は変わっていた。この日はパプリカが主役で、たっぷり入ったマスタードシードが全体の味に膨らみをもたらしている、これまた魅力的な味わいだった。
念願叶って、ついに肉サンドを。
翌週、3度目の正直でパストラミサンドを期待して行ったら、その日の肉サンドの具はハムだった。合わせる材料は、カンタルチーズ、自家製キュウリのピクルス、赤タマネギにサラダホウレンソウ。それらを頭の中で組み合わせて、味を想像しながら、出来上がりを待った。
すると、目の前に現れたハムサンドは、いともあっさりと私の予想を裏切った。思いがけず、キュウリがたくさん入っている。それもただのキュウリではない、ピクルスだ。途端に、どんな味だろう? と思った。
フランスで口にする小ぶりなキュウリのピクルスは、キリッと酸味の効いたものと、甘みがしっかりのロシアンタイプに2分される。『ブロークン・ビスケッツ』のピクルスはそのどちらでもなく、酸味と甘み、両方が程よく、バランスのとれたものだった。ハムとピクルスのボリュームが絶妙で、ハムは、先頭に立つタイプではない、みんなを後ろからサポートするタイプの主役に思えた。そして何口目かに、メニューには書かれていないハッとさせる香りが顔を出した。タラゴンだ。途端に、日常から非日常の味にワープした。私にとって、タラゴンの芳香は、外国の味の扉を開くものなのだ。そういえば、この店はいつも、思わずにやけてしまったり、はたまた、うっとりしてしまうようなハーブの使い方をするなぁと思う。具材だってオーソドックスなのに、出されるものは、唸りたくなる変化球のような、自分には発想のないアプローチで、だから次回食べに行くのが楽しみで仕方ない。