真似をしたくなる、サンドイッチ
ジューシーなほろほろ豚肉にサテソースが絡みあう、パリのグリルサンド。September 18, 2025
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No55となる今回は、本誌No142に登場した『ドゥーブル・トランシュ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

ちょっとした変化球のようなサンドイッチに出合うたびに。
その人それぞれの味ってあるものだなぁと思う。サンドイッチのメニュー名はポピュラーなものでも、その下に書かれた構成要素を順に辿っていって、一つでも、「へぇ〜、これを加えるのかぁ」と目をとめる何かがあると、食べてみたくなる。ハーブのこともあれば、調味料やソースのこともあるし、チーズの種類だったりもする。
俄然興味が湧いた、その具材は。
ある週末の夕方、友人と散歩をしていて、たまたま『ドゥーブル・トランシュ』の前を通りかかった。営業時間を終えた店のガラス扉には、サンドイッチの大きな写真がメニューとして貼られており、あぁこのお店来てみたかったんだ!と思い出した。メニューの写真を撮り、あとから見返して、あることに気がついた。ベジサンドに挟まれた緑の野菜は、明るくて少しクリームがかった黄緑色の見た目からアボカドだと思い込んでいたけれど、アボカドの表記がない。書かれているなかから思い当たるのはズッキーニだった。途端に興味が湧いた。
アボカドは大好きだ。ただ、私は、数年前から搬送距離の長い生鮮食品は摂らなくなった。フランスで手に入るアボカドの大半は遠い国から輸入されているため、外食では基本、アボカド入りは選ばない。もし、出所が国内だったり、国外でもシチリア、あるいは地続きのスペインなど近隣と分かれば食べるのだけれど……。だから、アボカドと思っていたものが、ズッキーニというとても身近な、季節の野菜だったことにうれしくなって、余計に興味が膨らんだ。

実際に食べてみて、もう一度驚いた。脇役と捉えていた赤ピーマンの存在感に。メニューには、“赤ピーマンのコンディマン”と書かれている。コンディマン(condiment)とは、「調味料:マスタードやピクルスのように調理に添えたり、トリュフや香草のように材料としたり、料理の味の調和に用いる」(『山本直文 フランス料理用語辞典』日仏料理協会[編] 白水社)をあらわし、味付けの要素として加えられたものを指す。だから、赤ピーマンをペースト状にしているとか、何かと合わせてクリームにしているとか、そういったものをイメージしていた。
そうしたら、ローストして皮を剥き太めの千切りにしたもので、調味料というより、しっかりと、具だった。たしかに赤い野菜が、切り口から目に飛び込んでくるけれど、文字から受け取る影響は大きく、味付け要素の赤ピーマンがそれだとは思わなかったのだ。火をじっくり通した肉厚な赤ピーマンのトゥルンとした舌触りとほのかな甘みにすっかり、心が和らいだ。そこに柔らかな歯応えのズッキーニはピッタリで、フェタチーズのクリームとも相性よく、半熟卵と絡んだ味は穏やかで、おいしいなぁとしみじみした。
続いてトライしたのは......。
後日、今度は、“Copain Comme Cochon”(コパン・コム・コション)と名付けられたプルド・ポークのサンドイッチを食べてみることにした。これは慣用句で、直訳すると“豚(=cochon)のように仲良し(=copain)”となるが、実の意味は“大の仲良し”。このサンドイッチも、メニューにある説明に、気になるものが含まれていた。サテソース、と書かれていたのだ。豚肉にピーナッツバター味かぁと思い浮かべながら、そこまでクリアに味の想像がつかなかった。サテだけに、どことなくアジアっぽいテイストなのだろうか?

こちらもまた、いい意味で期待を裏切ってくれた。プルド・ポークはホロホロにほぐされて脂っぽさはなく、わりとさっぱり。同時にこっくりして、ほぐした肉をつなぐようにソースっぽいものが絡められている。それを見て取ったところで、サテソースが加えられているはずだと思い出した。でも、アジアっぽいテイストでもないし、ピーナッツバターの重たさも、サテソースでイメージする甘みも感じない。聞いたら、ピーナッツバターに、水、しょうゆ、そしてクレーム・フレッシュを加え、混ぜ合わせているという。

ピーナッツバターに、クレーム・フレッシュを合わせるとは!! それで、くどさがまったくないのも驚きだ。ただ、豚肉は確かにしっとりしているから、きっと適量なのだろう。赤キャベツ、赤玉ねぎ、小きゅうりの3種のピクルスがまたいい仕事をして、それぞれを口に含むたびに、味の変化が起き、飽きがこなかった。改めて、甘酸っぱさと豚肉は相性がいいと思う。ベジサンドに負けず劣らずこちらもやさしい味で、スイスイ食べてしまった。全部の具を挟んでから、グリルサンドメーカーでトーストして出してくれるから、温かい状態でいただいたけれど、冷めてからも、味の馴染んだ牛しぐれ煮弁当みたいに、おいしいんじゃないかなぁと思っている。
『Double Tranche』

文筆家 川村 明子
