真似をしたくなる、サンドイッチ
ほんのり塩味が利いた、グリーンピースのピュレが絶品! いま、パリに行ったら食べたいサンドイッチ。May 31, 2025
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No52となる今回は、本誌No138に登場した『ペルラン』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

本当は紹介したくないくらい、好き。
「あ〜ここは、自分のお気に入りとして、そっと取っておきたいなぁ」と、記事を書くことを躊躇する店が、たまに表れる。自分にとっての避難所のような、隠れ家のような、そんな気持ちになるところ。『ペルラン』は、まさにそんな1軒だ。店の作りがそう作用するのか、店内に響く声のボリュームが穏やかで、いつ行っても、落ち着いた空気が流れていると感じる。何度目かに訪れたとき、店に入ってきて「ノートパソコンを開いてもOKですか?」と尋ねた男性がいた。壁に沿って設えられたカウンター席ならばいいですよ、と店主に言われると、彼は、店の脇に立てかけていた自転車を、改めて近くに停めるために出ていった。その一連を耳にしながら、「なんだか素敵なやり取りだなぁ」と密かに感動して、より一層好きになった。
でも、最初に惹かれたのは、佇まいからではなかった。
興味を引いたのはメニューにあった一文だ。“自家製の天然酵母パンで作るグリルドチーズ”。一見、その店構えから、落ち着いた雰囲気のおしゃれなコーヒーショップとだけ認識しそうだけれど、パンが自家製となるとだいぶ話が違う。私の場合、一服するよりも先に、食べに行くことが目的になるから。天然酵母パンだけでなく、ペストリー系も作っているようで朝食を目当てに行こうかとも思ったが、やはりグリルドチーズを食べてみたいと思った。
これぞ、見たことないグリルドチーズサンド。

具がまた魅力的だった。菊芋に味噌、椎茸、りんごのピクルス、カシューナッツのピュレ、モルビエ(チーズ)にカマンベール。昨今、巷にグリルドチーズは数あれど、こんな組み合わせは見たことがない。果たして、そのグリルドチーズは食べる前から意表をついてきた。パンの表面がてかっていない。全然脂っ気がないのだ。たいていの場合、チーズが全体を繋げているかの印象を受けるが、切り口を見ても、そうは見えなかった。
食べてみると、想像していなかった奥行きのある味わいで驚いてしまった。やさしくて、温かくて、こっくりしている。土の香りを感じる菊芋と、とろんとした椎茸に、りんごのピクルスの酸味は、ゴールデントリオと言いたくなるくらいに好相性だ。そこにチーズが絡むと、もう、暖炉があるわけじゃないのに、暖炉の前にいるような気分になる味になるのだ。
結局私は、1か月ちょっとの間に4回もこのグリルドチーズを食べに行った。そして、寒い間はグリルドチーズで、春がやってきたらタルティーヌに変えると聞いて、その到来を楽しみに待った。
グリーンピースのピュレのタルティーヌ。

しっかり春になって新たに登場したのは、グリーンピースのピュレのタルティーヌだ。春ならではの勢いを感じるみずみずしい緑色を目にして、こんなふうに鮮やかな緑が土台のタルティーヌを作れるのだ、とはっとした。タルティーヌにピュレ状の何かが盛られ、それがグリーンだったら、何も考えないうちにパッと頭に浮かぶのはアボカドではないだろうか、という気がしたから。ほんの少しのオリーブオイルと塩を加えただけというグリーンピースのピュレは、たたえた色そのままに青々とした春の風味で、早速真似をして自分でも作りたくなった。

上に乗ったチーズは、シェーヴル。軽やかさが、グリーンピースとちょうどいい塩梅で、もしこれが牛乳のチーズだったら、重すぎたかもしれない。結構大胆に使われているキャラメリゼしたニンニクまで、クリーミーでどこにも主張する強さがなく、タルティーヌ丸ごと、やさしさのバランスが一貫していた。そんなふうに保たれたグリーンピースのフレッシュな風味を鼻先でも味わうべく、かじりつき、結局フォークとナイフを一度も使わずに、食べ終えた。
自家製パンは、ライ麦、大スペルト小麦(grand épeautre)、カムット小麦、小麦(半全粒粉)を合わせ、小麦粉をもとにした酵母を加えて作っているそう。しっとりしつつ軽やかさも持ち合わせていてとてもおいしく、おなかにもドスンとこなくて食べ心地がいい。すっかり気に入って、運よく売り切れていないタイミングに行けたときは、自宅用に買って帰っている。
『Perlant』

文筆家 川村 明子
