真似をしたくなる、サンドイッチ

まるで、とうもろこしのクリームコロッケ!? パリで食べたいロールサンド。April 12, 2025

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No51となる今回は、本誌No137に登場した『ユボ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

恒例の、川村さんによる精密なスケッチからスタート。今回紹介するのはロールサンド!サンドイッチ 川村明子
恒例の、川村さんによる精密なスケッチからスタート。今回紹介するのはロールサンド!

フランスにはコーンスープがない。

フランスで暮らし始めてからしばらくは、帰国するたびに、日本の食材を買い込んでパリに戻った。その中には、米や味噌、調味料などのほかに、インスタント食品やお菓子もあった。滞在年数が長くなるにつれ段々と、持ち運ぶ日本食品の種類は減っていったが、10年を超えても“いざ”という時のために数箱買って戻っていたのが、インスタントのコーンスープだ。フランスにはコーンスープがない。手軽に買える瓶詰め、缶詰、紙パック入り、インスタントなどが存在しないだけでなく、飲食店でも見たことがない。これは私には、ちょっとした、いや、実際にはちょっとしたどころじゃない、問題だった。

だって私の拠り所だから。

弱気になったとき、体調を崩したとき、疲れて食欲のないとき、コーンスープを欲する。コーンスープなら口にしたい、と思う。できれば、食パンをちぎって、じょぼっと浸けて食べたい。何かしらのダメージを受けている私の、拠り所なのだ。そんな気力が低下しているときに、とうもろこしからスープを作る活力などあるわけもなく、だいたい、フランスで暮らしてから数年は、とうもろこし自体をマルシェでも見たことがなかった。

どうも、とうもろこしは家畜の餌という認識のようだった。フランス生活が12、13年が過ぎた頃、夏にとうもろこしを見かけるようになったけれど(それは在来種の野菜が市場に出回り始めたのと同時期だ)それまでは、缶詰だけが存在していた。私は、缶詰でも構わなかった。なんなら、コーンクリームの缶詰でもいいから欲しかった。

要するに、あの頃はまったく気軽に、コーンスープが作れなかった。そんなかつてのもどかしさを思い出したのは、3月の最終週に『ユボ』に登場したポレンタ入りの今週のサンドイッチを食べたことがきっかけだ。

サンドイッチ 川村明子 とうもろこしのロールサンド

ポレンタ(トウモロコシの粉を粥にしたイタリア料理)のフライに、煎ったひまわりの種と、とうもろこしのソース。メニューに書かれた材料を読んでイメージしたのは、ひよこ豆の粉で作るスティック状のフライ、パニスだった。ポレンタをクリーム状に仕上げた付け合わせを食べることはあるけれど、フライにしたものには出合ったことがない。でも、なんとなく、パニスのような感じなのではないか……と想像したのは、地中海沿岸部でよく食べられるパニスと、イタリア北部の食べ物という認識を持っていたポレンタの地域性が少し重なるように思えたから。
ポレンタのフライに興味をひかれて、注文した。「今週のサンドイッチ」は、基本的に毎週変わる。少し経ってから再登場することもあるけれど、出合ったときに惹かれたのなら、食べない手はない。

とてもシンプルなサンドイッチだった。

自家製のガレット状のパンに、ポレンタをスティックにして揚げたもの、苦味のあるフリゼ(ちぢれチコリ)、そしてパン粉を揚げた、天かすのようなクルトンのようなものが巻かれていた。とうもろこしのソースは、フリゼに絡めてある。このソースが、コーンクリームのようなテクスチャーで、途端に懐かしさを覚えた。ポレンタのフライ自体はクリーミーな舌触りではないのだけれど、このソースの味が加わると、コーンクリームコロッケみたいだった。

幼稚園生の頃、最も好きなお弁当のおかずの一つだったのだ。好物の度合いでいったら、コーンスープに匹敵する。にもかかわらず、久しく私の人生から消えていた。その代替え案となる存在がここへきて現れたわけだ。このサンドイッチのすごいところは、コーンの味を邪魔する要素が、何も加えられていないことだと思う。もしかすると、少し単調だと感じる人もいるかもしれない。その感じが、コーンクリームコロッケをそのまま食べるか、ほんの少しウスターソースをかけるか迷ったときの気持ちを思い出させた。一瞬迷うのだけれど、私の場合、ソースをかけることはない。そんな味加減まで、好みだった。

ふんだんな野菜をベースに。

『ユボ』のレギュラーメニューのサンドイッチはどれもふんだんな野菜がベースだ。塩揉みした、千切りの赤キャベツ、にんじん、スュクリーヌ(肉厚なレタス)に、パセリ、ディル、チャイブ、コリアンダー、赤・青とうがらしのピクルス、そして自家製のハーブオイル。一番人気は、豚バラ肉のコンフィで、それはもちろんおいしかったのだけれど、少し地味に思えるベジタリアンサンドのほうを私はリピートしている。

<a href="https://andpremium.jp/book/premium-no-137/">No137</a>連載で紹介したこちらは、豚バラ肉のコンフィが主役。印象的な色は、ビーツとレモンのソースによる。トマトケチャップよりも柔らかい甘味と酸味のあるソースで、豚肉と好相性。 川村明子
No137連載で紹介したこちらは、豚バラ肉のコンフィが主役。印象的な色は、ビーツとレモンのソースによる。トマトケチャップよりも柔らかい甘味と酸味のあるソースで、豚肉と好相性。

ベジサンドの具は、ピーナッツバターで作るフムス(ひよこ豆のペースト)。一般的なレシピでは、胡麻クリームを加えるところを、ピーナッツバターにすることで、タンパク質をより摂取できる狙いがあるようだが、普段から、ごまだれよりもピーナッツだれを好んで作る私には、フムスでもその手があったか!と膝を打ちたい気分だった。

コールスローとにんじんサラダとハーブのサラダを一気に食べるような感覚のベジサンド。ムスの中に見える豆のようなものはピーナッツ。フムスは具であり、ソース的な役割も果たしている印象だった。 川村明子
コールスローとにんじんサラダとハーブのサラダを一気に食べるような感覚のベジサンド。フムスの中に見える豆のようなものはピーナッツ。フムスは具であり、ソース的な役割も果たしている印象だった。
ポケットに忍ばせたくなるキャロットケーキ。”ちょっと休憩”にちょうどいいサイズ。川村明子 サンドイッチ
ポケットに忍ばせたくなるキャロットケーキ。”ちょっと休憩”にちょうどいいサイズ。

グリルしたピーナッツも入っていて、風味が香ばしい。レギュラーメニューのサンドイッチは、3種のソースからひとつを選び注文するスタイルで、パセリと甘唐辛子のソースを合わせるのが気に入っている。そうすると、グリーンサンドと名付けたくなるくらい、ハーブを感じるサンドイッチになる。
3月末にメニューがリニューアルされ、これまでブラウニー1本だったデザートにキャロットケーキが仲間入りした。フワッと口当たりが優しく、スティック状で、ポケットに忍ばせたくなる味だった。

『hubo』

41 rue de Londres 75008 ☎️なし 12:00〜22:00 土日休 ロールサンドとブラウニーの店。レギュラーの3種の具の他に週替わりのスペシャルサンドも1つある。
41 rue de Londres 75008 ☎️なし 12:00〜22:00 土日休 ロールサンドとブラウニーの店。レギュラーの3種の具の他に週替わりのスペシャルサンドも1つある。

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