河内タカの素顔の芸術家たち。
浮遊感を表現する近未来的な椅子を生み出した倉俣史朗【河内タカの素顔の芸術家たち】Shiro Kuramata / December 10, 2023
浮遊感を表現した近未来的な椅子
倉俣史朗
倉俣史朗は1960年代から56歳で亡くなる1991年まで活躍し、国際的にも知名度が一際高いデザイナーとして知られています。倉俣の凄さは、例えば液体アクリル樹脂の中に赤いバラの造花を流し込んで作られた代表作の椅子「ミス・ブランチ」を一目見れば、その造形と素材の美しさに心が奪われるはずです。56脚しか作られなかったこの椅子の他にも、建築現場で使用されていたエキスパンドメタルと呼ばれる金網材を高度な技術で溶接した「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」や、板ガラスのみで組まれた「硝子の椅子」というのもあり、どこか緊張感と危うさに満ちた倉俣作品を前にすると、果たしてここに座っていいものなのだろうかと躊躇してしまうほど繊細で驚きに満ちたデザインなのです。
そんな倉俣の家具デザインに共通する要素としてまず頭に浮かぶのは、重力から解放されたような「浮遊感」であり、実際に倉俣が作品づくりにおいて重きを置いていたのも「夢心地」という感覚だったと言われています。それを裏付けるかのように、簡単なメモとイラストによる倉俣のイメージスケッチには、花びらが飛び交う中に「ミス・ブランチ」に似た五脚の椅子が置かれていたり、宙に浮かぶボートに乗っている自分の姿が描かれていたりして、彼が夢からインスピレーションを受け、制作に取り入れていたのに疑いの余地はなさそうです。
「最近はむしろ使うことを目的としない家具、ただ結果として家具であるような家具に興味を持っている」とも語っていた倉俣。機能性や見た目の形状に主眼を置いたものではなく、どこか観念的、あるいはアート的な感覚が息づいているのはそのためなのかもしれません。しかも驚くべきことに、彼の家具はちゃんと座れ、曲がりくねった棚も機能的に引き出せるのです。それは、アクリル、ガラス、アルミニウム、スチールメッシュといった従来の家具やインテリアデザインに使われなかったような工業素材を知り尽くした、信頼のおける職人たちのサポートなしでは成し遂げられなかったはずです。
一般的には家具デザインで知られる倉俣ですが、実は300件を超えるバー、レストラン、店舗デザインを手掛けたことでも知られています。特にイッセイ・ミヤケの国内外のブティック・デザインは「もしこれが現代に作られても相当なインパクトがあるだろうな」というものばかりなのですが、店舗デザインの宿命としてそれらは写真や映像でしか残っていないのがもったいないところです。また、横尾忠則や高松次郎など同時代の美術家たちとのコラボレーションによって、空間デザインの新しい可能性を引き出した功績は讃えられるべきことだと思います。
功績といえば、倉俣は日本人が海外で活躍する先鞭となった人物だったということも忘れてはなりません。彼はまだ22歳の時にイタリアの建築インテリア雑誌『ドムス』と出会い、いつかこの雑誌に掲載されるようなデザイナーになるという目標を掲げ、なんとその約13年後には単身イタリアに渡り『ドムス』の編集長だったジオ・ポンティに作品を見せ自らの作品が掲載されることに。そしてその後も倉俣作品はたびたび同誌に取り上げられるようになり、80年代初期に生まれたイタリアのデザイン運動「メンフィス」に参加するなど、日本人離れした大胆さや行動力もこのデザイナーの大きな魅力でもあります。
倉俣の作品には大量生産、大量消費時代おけるものづくりへの批判精神が確実にありながら、その一方で儚さといった日本的な感性も確実に息づいています。「クラマタショック」という言葉があるのも、倉俣史郎の生み出す作品がオリジナリティがあるがゆえに生まれたものでしょう。とにかく想像力の塊のようなデザイナーであった倉俣だっただけに、今もなお世界的に高い評価を受けているばかりか、その浮遊感を漂わせる奇跡的な作品は時代を超え多くのインスピレーションを与え続けているのです。
展覧会情報
「倉俣史朗のデザイン―記憶のなかの小宇宙」
会期:開催中~2024年1月28日
開館時間:10:00~18:00(最終入場時間 17:30)
会場:世田谷美術館
住所:東京都世田谷区砧公園1-2
https://www.setagayaartmuseum.or.jp
<巡回予定>
富山県美術館
会期:2024年2月17日~4月7日
京都国立近代美術館
会期:2024年6月11日~8月18日