河内タカの素顔の芸術家たち。
河内タカの素顔の芸術家たち。
グスタフ・クリムトThis Month Artist: Gustav Klimt / May 10, 2019
〝宿命の女〟を描き続けた画家
史上稀にみる文化の爛熟を示した19世紀末のウィーン、そこに颯爽と登場したのが、女性たちの官能的なエロスを描いたスキャンダラスな画家として知られるようになるグスタフ・クリムトでした。甘美で妖艶な女性ヌードが描かれるクリムトの絵画やドローイング作品は、その生々しい肌や複雑な装飾性に満ち溢れた衣装や背景、そして大胆な構図や絢爛たる金箔(これは日本の琳派の影響を受けたものだったとされています)の多用によって観るものを一瞬にして虜にしてしまう一方で、その赤裸々すぎるエロティシズム表現ゆえに、発表当時は大きな騒動を引き起こしたセンセーショナルな画家としても知られています。
エロスや死とともにクリムトが好んだもう一つのテーマというのが「ファム・ファタル」、つまり“宿命の女”でした。クリムトが人物の絵を描く場合、前述したようにそのほとんどが成熟した女性やヌード姿であり、それが彼の作品の軸となっていたのは疑いのないところです。それに加えて彼の作品に常につきまとうのが死の香りであり、ヌードやポートレートの他にもかなりの数の風景画を残しているのですが、人がまったく描かれていないにもかかわらず、どこか「タナトス=死」の雰囲気が感じられるというのもクリムトの特徴かもしれません。
クリムトは生涯を通じて結婚することなく、まるでハーレムのように多いときには実に15人もの女性が自身の家に寝泊りしていたと言われ、それらの女性の多くとは愛人関係にあり非嫡出子の存在も知られているのですが、その中でもよく知られているのがエミーリエ・フレーゲという一人の女性でした。彼女は夭折したクリムトの弟であったエルンストの妻の妹だったのですが、このエミーリエとだけは必ず夏に避暑地の湖畔でのんびりと過ごすなど、自由な関係を保ちながらも生涯にわたって信頼しあっていたと言われています。また、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿が所蔵している「接吻」というクリムトの代表作も、実はクリムト自身とエミーリエをモデルとして描いていたばかりか、死がすぐ迫っていた病床のクリムトの最期の言葉も「エミーリエを呼んでくれ」であったことからも、いかにこの女性のことを頼りにし愛していたかがわかるはずです。
官能性や妖艶な側面が語られることの多いクリムトの絵ですが、実はそこには彼が愛した女性たちの豊かさや心理状態を描こうとした彼の深い探究心が脈々と息づいているように感じます。おそらくそういった点に共鳴したメキシコの画家フリーダ・カーロやワルシャワ出身のタマラ・ド・レンピッカといった20世紀前半に登場した女性アーティストたちも、それまでになかったような女性の赤裸々な表現や精神性を受け継ぎ、まるでクリムトの意志を引き続くかのように制作していたのではないだろうかと思えるのです。
生前のクリムトはその輝かしい業績にもかかわらず、当時の上流階級からは冷たい扱いを受けていたとも言われていて、そのせいか作品に関しては雄弁であったものの自身についてはほとんど語りたがらなかったそうです。そんなクリムトの作品の中でベートーベンの「交響曲第9番」へのオマージュとして作成された「ベートーベン・フリーズ」と呼ばれるウィーンの分離派会館を飾る有名な壁画があるのですが、それが今回の日本における展示の目玉としてウィーンで制作された精巧なレプリカが展示されています。オリジナルは壁画なゆえに動かすことができなかったものの、全長34メートルを超えるほどの大作は、左から正面そして右へと帯状に「人生の幸福への憧れ」をテーマにして描かれており、もともと日本画とその画法に深い影響を受けていたクリムトが自身の集大成的なものとして完成させたこの壁画を、今の日本においてどう受け止められ、そしてどういった反響を及ぼすのか興味のつきないところです。
<展覧会情報>
『クリムト展 ウィーンと日本 1900』
~2019年7月10日(水)まで開催中
会場:東京都美術館
没後100年を記念しての展覧会で、ウィーン分離派結成後の黄金様式の時代の代表作である《ユディトⅠ》といった甘美な女性像や、日本ではあまり知られていない風景画を含む25点以上の油彩画に加え、本文でも触れられている《ベートーベン・フリーズ》の精巧なレプリカも展示されている。
https://www.tobikan.jp/exhibition/2019_klimt.html