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移住の決め手は、冬景色の美しさ。写真と文:柴田奈穂子 (『tohe』店主) #3July 17, 2025
雪の美しさに惹かれて黒姫に越してきたけれど、「特別豪雪地帯」に指定されているこの町で、当時は女子1人だったので厳しい冬を越すにはかなりの気合いと根性が必要だった。
特に我が家は玄関から駐車場までの距離が長く、手作業で雪をかいているとそれだけで一日が終わってしまうので除雪機が必要になった。
だが、定住の意志が固まる前に除雪機を購入する勇気はなく、最初の2年間はレンタルをした。お隣さんが新聞の折り込みに入っていたと心配して渡してくれた除雪機レンタルのチラシには、「1シーズン18万円」と書いてあった。越してきたばかりであまり情報を持っていなかった当時の私は、それを悩みながらも2シーズン借りることに。
もっと安く借りられるところが近所にあったのを後に知ることになり悔やまれたが……、雪との付き合い方をたくさん教えてくれた相棒には感謝している。

除雪機を持っていても、一晩で膝丈まで雪が積もった日には早朝仕事前に2時間かけて除雪をする。
おまけに除雪機はとても重く、不慣れな操縦で除雪機に引きずられたり、雪にはまったり、慣れるまでは苦労が多かった。
雪道での車の運転では下り坂で急ブレーキを踏んでしまいスリップ。車が180度回転したこともあった。幸い事故にはならなかったけれど、背筋が凍りついた。
東京に住んでいた頃から黒姫での冬は何度も想像していたけれど、想像してもしても足りないくらい寒さと雪の多さで日々の生活が変化した。

毎年雪の降る量は違い、多い時には玄関前が背丈を越える程の雪の壁となったこともある。大雪の年は「当たり年だね」と近所のおばあちゃんが言っていた。
でもやっぱり冬の美しさは格別で、除雪作業の後にふと顔をあげ、目の前に広がる雪化粧を纏った山並みを眺めると、いつも胸がいっぱいになる。
晴れた日にはスノーシューを履いて森を散策し、動物たちが残した足跡を辿ったり、ふさふさの毛に覆われた木の蕾をそっと撫でてみたり、こういった冬の過ごし方は初めてで、すべてがご褒美のように感じられて心が満たされた。
何より、雪が解け始め「春の兆し」を感じる時の喜びはひとしおで、ここに住んでいなければこんなにも春を待ち侘び喜ぶことはなかっただろう。除雪との付き合い方はまだまだ不慣れだけれど、経験と工夫を重ねていくことで住み良く暮らしていけるようになるだろう。
『tohe』店主 柴田 奈穂子
