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生活の中の水草水槽。写真と文:タナカカツキ (マンガ家) #4February 23, 2026
マンガ家という職業柄、私の脳は常にアイドリング状態にあります。物語の構成、キャラクターの表情、コマ割り。机を離れても頭のどこかで常に何かが動き続けていて、思考が完全に沈黙する瞬間がありません。加えて、現代はスマートフォンを開けば、情報の奔流に晒されます。脳は常に微熱を帯びているような感覚です。意識的に「思考を休める時間」を作るため、実はサウナにほぼ毎日通っています。極限の熱気と、突き刺すような水風呂の冷たさ。身体的な刺激に没入することで、強制的に思考というノイズを遠ざける。そして何より、その後の「外気浴」の時間が至福です。論理や言葉が消え去り、ただ風の感触と自分の呼吸だけが残る、あの感覚。

しかし、私の願いは少し欲張りです。サウナ施設だけでなく、仕事場のデスクのすぐ隣でも、あの外気浴のような「感覚だけの時間」を味わいたいのです。創作に行き詰まり、脳がオーバーヒートしたとき、ふと視線を上げるだけでアクセスできる静寂が欲しい。
そんな私の日常的な渇望を満たしてくれるのが、水草水槽です。ガラスの向こう側では、こちらの世界の理屈とは無縁の、ゆったりとした時間が流れています。

ライトに透ける緑の葉、計算できない水の揺らぎ、重力を忘れたように漂う魚たち。ただそれを見つめていると、張り詰めていた思考がほどけ、視覚から入ってくる「心地よいリズム」に脳が満たされていきます。
見るだけではありません。水草水槽には創作という一面もあります。手を水に浸し、石を一つひとつ配置していく。その冷たさ、硬さ、重さ。普段は忘れがちな感覚が、指先から蘇ってくる。水槽づくりに没頭することで、時間の流れさえも忘れてしまう。それはまるで瞑想のように心を静め、自分と世界を調和させる時間です。
私にとって水草水槽は、自身の身体感覚を呼び覚ます「装置」であり、感覚を磨き上げる「修練」の場でもあるのかもしれません。この感覚は、人間関係にも通じているのではないでしょうか。コミュニケーションにおいて、言葉だけではなく、表情や声のトーン、触れ合う手の温度、それらすべてが相手との距離感を測る大切な要素となります。身体感覚を鈍らせないでおくこと。それができれば、もっと深く人と繋がることができるはずです。
……なんてことを考えつつ、他人から見れば、いかにも孤独な初老の室内園芸なのです。
edit : Sayuri Otobe
漫画家 タナカカツキ




































