草間彌生文/河内 タカThis Month Artist: Yayoi Kusama / March 10, 2018

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草間彌生 Yayoi Kusama
1929 – / JPN
No. 052

長野県松本市生まれ、種苗を家業とする裕福な家で育つ。少女時代の幻視や幻聴体験(周囲が全て水玉で覆われ、花や動物が話しかけてくるといった現象)を絵画として描き始める。京都の美学校で日本画を学び、展覧会への出品や個展も手掛けたりもしたが、日本画壇に馴染むことができず1957年に単身渡米。ニューヨークを拠点に活動を開始し才能を大きく開花させ、1959年にはマンハッタン10丁目にあったブラタ・ギャラリーで白い絵による個展を行なう。絵画のみならず立体作品やインスタレーションを始め、過激なパフォーマンスも行い「前衛の女王」の異名をとるも73年に帰国。93年のヴェネチア・ビエンナーレの日本代表に選ばれ評価を高め、MoMAなどでの回顧展を多数開催し現在にいたる。

無限に広がる網目に覆われた絵画を描き、
〝前衛の女王〟の異名をとった草間彌生

 日本が世界に誇るアーティスト草間彌生は、当時としては女性が単身渡米すること自体まだ珍しかった時代だったと思うのですが、1957年にシアトル経由で渡米し、ニューヨークを拠点として1973年まで活動を行いました。彼女が最初に住んだロフトには、ドナルド・ジャッド(箱型の立体作品で知られるミニマル・アートを代表するアーティスト)とエヴァ・ヘス(先駆的かつ優れたアーティストだったものの34歳という若さで急逝)が住んでいて、この二人は草間の友人でありよき理解者でもあったそうです。その頃のジャッドは、実はまだアーティストとして開花しておらず、コロンビア大学で学び美術評論家として活動していて、草間の作品に関しては誰よりも早い段階から評価していた人物でした。

 30歳前後の草間がニューヨークに住み始め制作していたシリーズだったのが、今も継続されているキャンバスの表面を網状のパターンで埋め尽くす『インフィニティーネット』として知られている作品です。「無限に広がる網目」というそのタイトルが示すように、これらはすべて手描きによる増殖する網の壁であり、その中でも特にすばらしいかったのが草間が渡米する前から始めた白色の一連のキャンバス作品でした。ぼくは2011年秋にパリのポンピドゥー・センターで行われた草間の大回顧展を見ることができ、その会場にはこれらの白い絵だけを展示した真っ白な部屋が設けられていました。そして今も鮮明に覚えているのですが、他の空間とは異なる一種独特の強いオーラというか、なにか得体の知れない魔物が棲んでいるような感じがしたのです。

「始まりも終わりもなく、中心になるものもない、ただキャンバス全体が単色の網で覆われている。この終わりのない繰り返しが、目眩を引き起こし、空虚で、催眠感覚を引き起こすのです」と草間自身が語るこれらの絵は、実際に見ると真っ白な平面というわけでなく、キャンバスに絵の具がこてこてと立体的に塗られていて、色も乳白色やクリーム色だったり、薄い灰色であったり、別の色の下地の上に白いネットが描かれていたりといろいろなバリエーションがあったりします。そのサイズも小さいものからジャクソン・ポロックばりの横5メートルにも及ぶ大作まであり、特に大きな作品での視覚的効果というのはかなり強烈で、これが当時のニューヨークのアーティストたちに与えた影響は大きかっただろうし、まだデビューしたてのフランク・ステラも草間を高く評価してこの時代の彼女の作品を購入していたほどです。

 男性中心の封建的な日本の美術界に馴染むことができず、たった一人でアメリカに渡った草間。そして当時の最先端アートの街で制作された白い絵には、彼女の友人でもありパートナーだったジョセフ・コーネル(アッサンブラージュの先駆者で「箱のアーティスト」として知られる)に共通する流行や時空を超えた永遠性が内包されていて、また草間に強く影響を受けたとされる小野洋子の白へのこだわりや純粋性にも確実に繋がっていると思うのです。そればかりか、このシリーズは1950年代のアート界を席巻した抽象表現主義ばりのアクションペインティングでありながら、1960年代に登場する白い絵を描き続けるロバート・ライマンなどのミニマリズムへの橋渡し的な役割を果たしたことを踏まえれば、草間のこの決定的なシリーズが今も評価が別格に高いのはとても納得のいくところなのです。

Illustration: Sander Studio

『無限の網―草間彌生自伝』(新潮社)今も前衛として世界に発信し続ける比類なき才能の持ち主・草間彌生。彼女の魂の軌跡と愛した人々について、自らの言葉で綴られた一冊。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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