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あの人のスタイルをつくっている、 大人のもの選び。井上保美さん後編What Are Mature Persons Made of ?October 18, 2022
2022年9月20日発売の『&Premium』の特集は「大人になったら選びたいもの、こと。」服選びやもの選びを通して、理想の素敵な大人について考えました。井上保美さんの「あの人のスタイルをつくっている、 大人のもの選び。」後編をご紹介します。
暮らしのなかで愛用する道具、大切にしている装い、心を潤す本やアート。自分らしい生き方を貫き、楽しむ4人の大人たちが選びとってきた品々には、経験を重ね、試行錯誤を繰り返して培われたセンスと哲学が宿っていました。
花と古美術品は、 部屋に欠かせない大切なもの。
現在の井上さんの住まいは、東京・西麻布にある会社まで歩いていける距離にあるヴィンテージマンション。それまで世田谷の一軒家に住んでいたが、4年前に引っ越しをした。内装は一度スケルトン状態にして、フルリノベーション。玄関を入ってすぐの場所には茶室が設けられ、敷石を隔ててリビングにつながる。その奥はキッチンになり、このキッチンがここに居を定めるきっかけになったという。
「ヴィンテージマンションだけど造りがしっかりしていて、立地もいい。駐車場が平面でそのまま部屋に行けたり、居住者が素敵な方ばかりなのも利点なのですが、内見した際に白いキッチンに光がすごくきれいに入っていて『このキッチン最高!』と思ったのが、決め手でした。改装するときもキッチンの場所は変えず、同じように白色をベースにして、明るく作り替えてもらいました」
また、通勤時間が短縮されたことで、“時間”を手に入れたことも大きな変化だった。
「車で会社まで行くのですが、以前の家からだと渋滞すると1時間くらいかかっていたんです。それが今は1分!(笑) 大人になって手に入れて良かったと思う一番がこのマンションなのですが、それによって得た時間も喜びになっています。その時間で毎朝、30〜40分程度ウォーキングするのも習慣です」
部屋は茶室や障子など和の意匠を取り入れつつ、クローゼットにイタリア〈モルテーニ〉の収納ユニットを設置するなど、和の伝統とヨーロッパのモダンが程よくミックスされている。それもまた、井上さんを形づくっている要素の一つだ。
「古いものが好きな理由の一つに、実家が呉服店だったこともあるかもしれません。母方は能もやっていて伝統芸能が身近にありました。でも、若い頃はそういった日本的なものに反発して、洋風に憧れていました。今は日本的なものでも洋風なものでも、どちらも自分の感性に合えば、自然と取り入れています。ただ、思い返してみれば結局、子ども時代の生活が私のもとになっている気がします」
実家の呉服店では生地も扱っていたので、子どもの頃は売れ残った生地で母親が作った服を着ていた。当時は友達が着ている既製服が羨ましかったというが、その記憶もまた、井上さんの核になっている。だから、今も手仕事に惹かれるし、それは〈45R〉のものづくりにも生かされている。
「長い間、ものを見てきたおかげで、ハンドメイドのものは大体わかります。手仕事の良さは、愛が感じられるところ。洋服だけでなく、ぬいぐるみもそうなのですが、生地が余ったから孫のために作ってあげようとか、売るためではなく誰かのためという思いで作っているものが古い手仕事品には残っている。そういうところも好きなのだと思います」
また、室内にありながら外に見立てて作った茶室では、コロナ禍前まで若いスタッフにお点前を教えていた。今は中断しているが、そこにしつらえる茶花をはじめ、家のそこかしこに花が置かれている。
「1週間に一度、必ず茶室と玄関に花を生けます。ほかにもあらゆる場所にありますね。ただ、枯れても造形が美しいものは捨てられず、ドライがどんどん増えてしまい、家中、花だらけです(笑)」
茶花のある床の間には、仏の周囲を舞いながら飛び、花を散らし、音楽を奏でる天人「飛天」の木像が掛けられている。京都・平等院の飛天を見て衝撃を受け、虜になったそう。
「見たときから、どうしても欲しくなってしまって。そこで、京都の古美術店にもし出てきたらお願いします、と頼んでようやく手に入れました。聞くと平安時代のものだとか。縁あってうちに来てくれて、とても気に入っています。大事にしています」
日本の骨董、西洋のアンティーク、機能美のあるスピーカーや照明といった家電、手仕事の食器や布、ぬいぐるみなどチャーミングなもの……。45年もの間、ファッションの第一線でものづくりをしてきた井上さんの興味は広く、そして深い。いいものがすぐにわかる彗眼は、作り手としても使い手としても、ものに対して譲歩せずに向き合うことで養われたものでもある。そして、まだまだ物欲があるという好奇心。“大人になるのは楽しい”と、年を重ねるのが嬉しくなる、豊かな世界へと導いてくれる。
井上さんへの7つの質問
私には素敵だと思っている年上の女性が2人います。彼女たちに共通しているのが、謙虚なことと人への面倒見がいいこと。私のことも昔からとてもかわいがってくれています。ボランティア活動もしているなど、他人のためにいろいろ心を配ったり、サポートをしているのに、決してそれを自慢することがない。そういう方が大人だと思います。
自由に使えるお金が増えたことが、大人になって良かったと感じる一番のことです。お金があるからこそゴルフをするなど、自分の好きなことができる。若い頃と比べてそこは大きな違いかもしれません。
自分ではまったく大人になった実感がないんです。鏡を見ると外見的には変わったな、と思いますが、気持ちやエネルギーは変わらないですね。
TPOをわきまえていることだと思います。相手との関係性や場所、集まりの趣旨によって着る服を考えることができるのが大人ではないでしょうか。私自身も、こういうときにはこういう服装がふさわしいなど、相手に合わせて装えるようになったのは、周りの大人を見てきたからだと思います。その場に合った服装を自然に選べる人って素敵ですよね。
子どもの頃は大人は子どもとは違うものだと思っていましたが、自分が大人と呼ばれる年齢になってみて意外だったのが、日々の会話も含めてほぼ変わらないことでした。周りのもっとお年を召した方々を見ていても、とてもお元気だし、それはいくつになっても同じなのかもしれません。
例えばココ・シャネルなど著名な生き方がチャーミングな方はたくさんいるのですが、その人自身を知っているわけではないので、身近で学ばせていただいているのは、最初の質問にも答えた2人です。一人は文筆家の清野恵里子さん。もう一人は、ゴルフクラブが一緒の東京・六本木生まれの女性です。巡り合って、本当に良かったと思える方たちです。
変わらずに仕事を続けていきたいです。本当はボチボチ好きなゴルフでもして過ごそうかな、と思っていたのですが、精神科医・和田秀樹さんの本に生涯、現役でいることが老け込まないコツと書いてあったので、仕事は辞めないことにしました。ずっと元気で働けることを実現したいです。
3枚とも〈DO!FAMILY〉時代の井上さん。仲間と一緒にドライブに行ったりなど、青春を謳歌していた。この時代から好みはぶれることなく変わっていない上、感性も衰えることなく、今もほぼ一緒だという。〈45R〉は創業以来、デニムやインディゴ染めにこだわりながらものづくりをしてきたが、この頃もデニムは必需品。オーバーオールが似合っている。
井上保美 〈45R〉デザイナー
45年間、ファッションデザイナーとして活躍してきた井上保美さん。4年前に引っ越した家は、彼女が大切に思うもので満ちている。その基準となるのは、"いくつになっても持っていたい"こと。
photo : Isao Hashinoki (nomadica) edit & text : Wakako Miyake