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建築デザイナー 福岡みほさんが語る今月の映画。『お茶漬けの味』【極私的・偏愛映画論 vol.93】August 25, 2023

This Month Theme心地よい住まいについて考えたくなる。

簡素でありながら、美しいものを求める心。

「お茶漬け」は、日常の素朴な生活を連想させる言葉である。個人的な好みは、『加島屋』の「さけ茶漬」。刻んだ焼き海苔と熱い煎茶で、軽く3杯はいける。健康食にうるさい母に、よく噛みなさいと言われたものだが、言わずもがな、この食べ物はかき込んで食べるからこそ、おいしさが増すのである。

『お茶漬けの味』は、1952年の小津安二郎氏の作品で、育った環境や気質の合わない中年夫婦、佐竹茂吉と妙子が、お互いの趣向の溝に悩みながらも、ある深夜に2人でお茶漬けを食べるという物語である。一緒に御膳に向き合うという日本的な和解に、ささやかながらも温かく、優しい気持ちになる。

画面構成が常に美しいことも、見どころの一つ。小津映画の厳密なコンポジションは、配置バランスや余白の大切さがひしひしと伝わってくる。ときどき、ハッとするくらいの美しいシーンがさりげなくやってくる。

たとえば、修善寺の旅館でくつろぐ浴衣姿の女性4人。モダンな襖デザインと浴衣の抽象柄が相まって、絶妙なバランス感を保ちながら、場面が進行していく。数寄屋造りの連続する二間続きの客室の捉え方も大変美しい。モノトーンの世界では、ふだん見ている世界よりも奥深さを感じる。

夫婦の自宅も然り。住み込みのお手伝いさんによって整えられた清楚でこざっぱりとした住まいも、小津映画特有の低いアングルによって映像の中に引き込まれる。夫婦それぞれの部屋も興味深い。畳に文机、雪見障子という茂吉の部屋に対し、花柄ソファに花柄壁紙、マントルピース風の装飾付きの洋風風情な妙子の部屋。自室にて、それぞれがゆったりと煙草を燻らせるシーンは、かけ離れた夫婦の趣向の溝を暗に示している。画面全体の重心が低いこともあり、腰のすわったような安定感を感じる、なんとも懐かしく居心地の良さそうな夫婦の住まいである。

建築においても、日本の古き良き住宅建築の重心は、総じて低い。心地よい住まいとは、私たちが日本の風土の文化で培ってきた「簡素でありながら美しい」という気持ちのありようにヒントがある気がしている。もちろん、この考え方は建築に限らず、また有形無形に限らず、私たちの身の回りのあらゆることに当てはまると信じている。

映画終盤の「夫婦はこのお茶漬けの味なんだよ」という言葉は、素朴で気取らない生活を好む茂吉の気持ちが表れている。心地よい日々が過ごせるかどうかは、心のあり様に目を向け、自分が大切と感じるものを心の真ん中に置く、そんな生き方の軸を教えてくれるような映画である。

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清々しい構図の中に、昭和20年代の衣食住・娯楽が、随所に散りばめられています。現在の私たちの視点からみて、意外とクスッと笑えるシーンも多く、気持ちが和らぐ作品です。
Title
『お茶漬け』
Director
小津安二郎
Screenwriter
小津 安二郎、 野田高梧
Year
1952年
Running Time
115分

illustration : Yu Nagaba movie select & text:Miho Fukuoka edit:Seika Yajima


建築デザイナー 福岡みほ

東京・代官山、軽井沢を拠点とするデザイン事務所「Now and Then」の主宰。建築ブランド『morinoie』(モリノイエ)にて、山荘、住宅のデザインを手がける。プロダクトデザイン、アート、建築の枠に捉われず、活動している。

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