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建築家 山田紗子さんが語る今月の映画。『ふたりの人魚』【極私的・偏愛映画論 vol.105】August 25, 2024

This Month Theme小さな空間の工夫が光る。

空中に浮かぶ、ハウスボートに住みながら。

 上海の蘇州河を流れるボートの上から捉える河岸の人々。手持ちカメラの揺れと色彩に欠いた風景が生々しくも重い。映像制作を生業としながら暮らす主人公は、ある日バーの水槽で人魚パフォーマンスを行うメイメイに一目惚れし、やがて恋人になる。メイメイが主人公に物語る少女ムーダンと運び屋マーダーの“恋物語”は、次第に主人公の脳内で劇中劇として展開してゆく。少女ムーダンはメイメイとよく似た、太ももにバラのタトゥーシールを貼っている女の子。物語の中で失踪したムーダンを探し続けていたマーダーは、数年後、バーの水槽で泳ぐムーダンにそっくりなメイメイを見つける。「メイメイはムーダンなのか?」という問いが何度も繰り返され、その物語を思考する主人公は空想と現実を行き来する。

 メイメイは、現実でも物語の中でも、蘇州河の堤防上に置き去りにされたような小さなボートを住まいとしている。蘇州河のじっとりと重たい水面と対照的に、メイメイが住む黄色いボートは堤防から1mほど持ち上げられて、空中にぽんと浮かんでいる。道路際から堤防にかかる階段を登り、さらに階段を登ってデッキから室内に入る。ボートの操縦室であろう小さな空間の中には、大きな鏡のドレッサー、洋服かけ、小さなテーブル、と着飾り出かけるだけのシンプルな生活用品。その間をひらひらと行き来するメイメイは、小さな水槽で泳ぐ人魚の姿とシンクロする。室内は銀色の壁や天井、鏡などが多用されていて、窓越しの明るい緑や空が映り込み、自然と奥行を生んでいる。天井からは漁船で使用されている集魚灯電球のようなペンダント。小さな部屋を均一に明るくせず中央のみ柔らかく照らすので、小さくても閉塞感のない、居心地の良さそうな空間をつくっている。

 バーのドレッサールームもボートを改造した住まいと同じように、とても小さな空間。その中でメイメイが洋服を着替え、まぶたにブルーのアイシャドウをたっぷりと塗り込み、金色のウィッグをつける。メイメイが人魚の如く身を滑らせるたび、薄暗がりの中でスパンコールやビロードのドレスがキラキラと艶めき、空間のエッジがぼんやりと霞み、部屋の大きさは曖昧になる。窓の外から差し込む色鮮やかなネオンの光はあちこちを染め上げ、どこか幻想的だ。

 果たしてメイメイはムーダンなのか。その答えは語り手の心の揺れに沿って二転三転しながら、度々メイメイ自身を捉えようとする。そんな時決まって彼女は鏡の前で身を翻し、主人公やマーダーの意をかわす。さまざまな人の生活や情事が流れていく蘇州河。そこからちょっとだけ距離をおいて浮かぶ、不自由さと自由さが同居する空間に、私も住んでみたい。

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1人2役演じるジョウ・シュンの、ガラリと印象を変えるメイクやドレスの着こなしはこの映画の一つの見どころ。2組の男女の恋愛模様が核となりながらも、現実と妄想の行き来を補完する、上海の街並みや蘇州河のリアルな情景が深く印象に残る。
Title
『ふたりの人魚』
Director
ロウ・イエ
Screenwriter
ロウ・イエ
Year
2000年
Running Time
83分

illustration : Yu Nagaba movie select & text:Suzuko Yamada edit:Seika Yajima


建築家 山田紗子

大学在学時にランドスケープデザインを学び、藤本壮介建築設計事務所で設計スタッフとして勤務の後、東京芸術大学大学院に進学、2013年に独立。一級建築士設計事務所「山田紗子建築設計事務所」を主宰。

suzukoyamada.com

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