MUSIC 心地よい音楽を。
土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/小田朋美 vol.4October 22, 2021
October.22 – October.28, 2021
Saturday Morning

ふたつ以上の意味を持つ言葉が発音されたときに起きる誤解が好きだ。高校時代、友人が「校舎1階の水飲み場から金(きん)が出たらしい!」と騒いでいるので、わたしは「ほんと!?すごい!!」と興奮して、水の中でキラキラ光る砂金のようなものを想像しながら実際に見に行ってみたら、水飲み場から出たのは金ではなく菌だった。最近は、「アナーキーレオタード」という言葉を聞いてかっこいいなと思っていたら、「穴開きレオタード」だった。
意味の誤解によって生まれる思いもよらない横道、大体の場合はすぐに軌道修正されて元の道に帰ってきてしまうのだけど、その一瞬の逸脱のきらめき。音楽にも誤解はあるだろうか? これは、すなわち音に意味はあるかどうかという問いで、シニフィアン・シニフィエを出すまでも無く昔から考え尽くされてきたことだろうけど、そういうことをすっ飛ばして考えても、音楽にも誤解はあると思う、というか音楽って誤解を味わい楽しむものなんじゃないだろうか。
「Śisei」と題されたこのアルバムのタイトルを目にしたとき、まず、「姿勢」と「市井」を思い浮かべたが、作者の本意は「刺青」だそうだ。それを聞いてなお、わたしはこのアルバムに姿勢も市井も感じるし、至誠も感じる。この企画のルールとして1曲ということなので今回はタイトル曲を選んだけど、交わりと交わらなさの温度が心地よく、変わりゆくものと変わらないものが浮かび上がってきて大きな模様が見えてくるこのアルバム、一曲目から聴くのがおすすめです。
アルバム『Śisei』収録。
Sunday Night

よくある話だろうけど、子供の頃、夜寝るときに、死ぬのが怖くて泣いていた。自分が死ぬのも怖いし、両親が死ぬことを考えるのも怖かった。
そんなとき、どうやって気持ちを落ち着かせていたかというと、ひとつは作曲家になろうという考え。ピアノ教師をしていた母の影響で楽譜に親しんでいたので元々作曲は好きだったけど、心を込めて音楽を作っていれば、自分が死んでも音楽は当分生きていてくれる気がして気持ちが和らいだ。
もうひとつは、いっぱい生きれば、おばあちゃんになるまで生きれば、こんな気持ちにはならないはず、という考え。根拠はなかったけど、子供ながらに時というものを信頼していて、時はすごいのだ、何十年後かは分からないけど、ずっと先のわたしはいまのわたしとは全然違うのだからきっと大丈夫だ、と自分に言い聞かせていた。
「I’ll Sleep When I’m Older」を聴いて、そんなことを考えながら眠りについていた部屋の天井と、その先に続く想像の宇宙の景色が蘇った。年老いた子供が見る夢のような音景色は、甘美でありながらセンチメンタルとも少し違う。この曲だけでなくアルバム全体を通して貫かれる、過去と未来に注ぐ真っ直ぐな眼差し、自分を超えた大きなものに対する信頼、が故のシンプルさ。
30年前と全然違う自分になったかどうかは心許ないけど、子供のわたしが思った、きっと大丈夫、という感覚を思い出させてくれる大丈夫アルバムがわたしにはいくつかある。このアルバムもわたしにとってそんなアルバムです。
アルバム『To Let A Good Thing Die』収録。
作曲家、ヴォーカリスト、ピアニスト 小田朋美
