INTERIOR 部屋を整えて、心地よく住まうために。
自作の小屋で、庭の自然に包まれ眠る。榎戸勇人さん、榎戸真生さんが実践する豊かな暮らし。September 23, 2023
母家から小屋へ寝に行く毎夜の散歩が、豊かな時間。
毎晩、星空を見ながら、雨の日は傘をさして、4人家族が連れ立って、庭の離れに眠りに行く。榎戸さん一家の寝室は、自分たちで建てた約3坪の小屋だ。里山の竹林に抱えられるようにして立っていて、ベッドがふたつ、天井が高く小窓とロフトがある。出入り口を兼ねる掃き出し窓から、庭ごしに築100年以上という母屋が見える。
小屋は、東京・新木場で代々続く材木店を営む勇人さんが、建築家・古川泰司さんの設計でつくったセルフビルドの小屋建築キット「KOKON」を利用したもの。男女4人が、3日間で仕上げられるというコンセプトは、1940年代、ジャン・プルーヴェが設計した「組立式住宅」を彷彿とさせる。
「田舎暮らしのツールとして2015年に開発しました。国産の杉を使って、建築家に構造計算をしてもらった丈夫なつくり。だけど、組み立て方はシンプル。一人でも持ち運べる105㎜角×3m材と、簡単に取り付けられるパネルでできています。まずは自分たちで建て、住み心地を確かめたいと思っていました。当時は、僕自身が都会の生活のせわしさがきつくなっていた時期。自然の豊かな場所に住みたいと、土地を探していたところでもありました」。そう勇人さんは振り返る。
房総半島にある古民家つき土地を見つけたのは6年前。長く廃屋だった家はあちこち壊れ、住める状態ではなかったが、里山を感じられる場所は理想的で、即決した。まずは一角に「KOKON」を建て、古民家改修の基地にした。「といっても、『KOKON』で寝起きして、母屋を直して整えながら暮らす、という生活は今もずっと変わりません。家づくりは終わりがなくて、いつまでも完成しないんです」と、勇人さんは楽しそう。引っ越したときは1歳だった長男の奏介くんは小学生に、昨年、長女のかやちゃんが誕生。大きな台風で壁の一部が飛ばされたこともあるし、エアコンが取り付けられたのもつい最近のことだ。妻の真生さんは「私にとっては毎日がハプニングの連続。〝たたかい〞で〝挑戦〞でした。この家にゆったりと居心地のよさを感じられるのは、もう少し先のことかなあ」と、笑いながらも「けれど、すぐに手に入ることよりも、時間のかかる不便を楽しむようになりました。不便が贅沢、だと思う」と、続けた。里山の湧き水のおかげで、庭に蛍が現れる。蛙が鳴き、植物の移り変わりで四季を感じる。自然のそばで、自分たちもその一部だと感じられる生活は、何ものにも代え難い。
勇人さんは語る。「自分の手で、できる範囲で住まいをつくるという実感が、心地のよさにつながっているかもしれません」。住みながらの母屋改修を始めてみると、朝と夕方で、家の〝顔〞が変わることに気づいたそうだ。プロに頼めばきれいな完成品が届くけれど、家族の成長と、環境の変化に合わせ、自ら住まいを工夫し続ける。すると、出来が良くなくても満足感が日々にあり、その先もずっと楽しみが続いていく。「自分で自分の暮らしをつくる良さ、なのでしょうね」
子どもが成長して、ゆくゆく自分だけの部屋が欲しい、と言ったら、「KOKON」をもうひとつ建てようと考えている。「そのときは、子どもが自分の手で建てられたらいいな、と思っています」
PROPERTY DETAILS ENOKIDO’S HOUSE
家族構成 夫婦、子ども2人 広さ 約10㎡(小屋)、約110㎡(母屋)
築年数 5年(小屋)、100年以上(母屋) 居住年数 5年
榎戸勇人 材木店経営
榎戸真生 会社員
勇人さんは、東京・新木場で108年続く材木店『榎戸材木店』 5代目。妻の真生さんは同じ社内で木の小物ブランド〈COCOChi〉を立ち上げ、主宰する。
この記事は、『アンドプレミアム』NO.118「心地よい住まいを、考えてみた」に掲載されたものです。
photo : Ayumi Yamamoto edit & text : Azumi Kubota