ルイス・バラガン文/河内 タカThis Month Artist: Luis Barragan / July 10, 2018
心を揺り動かす美しい建物
ルイス・バラガン自邸
「私の建築は自伝的なものです。私のすべての作品の根底にあるのは、子ども時代と青年期を過ごした父の牧場での思い出であり、遠く懐かしいこれらの日々の不思議な魅力を、私はつねに作品において現代の暮らしに合わせて取り入れようとしてきたのです」ールイス・バラガン
伝統とモダニズム建築を融合させたメキシコを代表する優れた建築家、それがルイス・バラガンです。バラガンの建築スタイルは、劇的とも言えるカラフルな独特の色使いや抽象画のようなドラマチックな壁、水や光を駆使して作られる庭などが特徴であり、それがもっとも顕著に表されているのが自宅兼仕事場として1948年に完成させた自邸でした。この家はピンクや黄色など日本人の感覚ではちょっとありえないくらいカラフルかつ鮮やかな色が建物の内外で使用されているのですが、それが乾いたメキシコの強い光と風土に絶妙にマッチしていて、美しさと力強さと繊細さを兼ね備えた建築の傑作として崇められ、2004年には世界遺産の文化遺産として登録されました。
自らのルーツとしての地中海文化と出会い、さらにル・コルビジェの作品に触れ多大な影響を受けたとされているのですが、ピンク一色に塗られたダイニングルーム、青い空を切り取ったような屋上、安藤忠雄の『光の教会』のインスピレーションにもなった象徴的な十字架の窓枠、自然の光を最大限に活用された大きく取られた窓、書斎の壁に埋め込まれた薄い階段、そしてバラガンが愛したマティアス・ゲーリッツの彫刻やジョセフ・アルバースの絵画といったアート作品も絶妙な位置に配置され時間の流れとともにこの空間に溶け合っています。
バラガンの建物はモダニズム建築に属するのですが、その一方でメキシコ旧来の民家に使われていたピンクや黄色やオレンジといったカラフルな色を使うことで、インターナショナルスタイル(室内空間の自由な間仕切りといった機能主義的な立場から個人や地域の違いをこえて、世界共通の様式へと向かおうとしたことを指しての言葉)から自国の伝統建築を取り入れたようなバラガンスタイルへと移行していきました。ちなみに、ピンクは花を愛したインディオの色でありメキシコの近代建築にはタブーとされていたそうですが、彼は歴史とその土着性に惹かれそのような色をあえて使い、自然光を取り込むオリジナリティに溢れる凝ったスタイルは世界中の多くの建築家たちにも影響を及ぼしました。
庭園や屋内には水を張った空間を取り入れ、溶岩やメキシコ固有の植物からなる庭園を作ったことも彼が始めたスタイルであり、亡くなるまでの約40年の間住み続けたほど、彼にとってこの上なく居心地の良い空間であったのでしょう。聞くところによるバラガンは孤独を好む人だったそうですが、外から閉ざされた空間をまるでパラダイスのような色で演出をしたのは、冒頭の言葉にあるような彼自身の心情を表していたのかもしれなく、そこには彼が住まいに求め続けた「心のやすらぎ」といったものが息づいていたようなんですよね。