MOVIE 私の好きな、あの映画。

極私的・偏愛映画論『田園の守り人たち』選・文 / 溝口実穂(『菓子屋ここのつ茶寮』主宰) / October 26, 2021

This Month Theme食卓で使われている器に目が喜ぶ。

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オーブンに直接入れて使用できる、スリップウェアの魅力。

私はフランス語がわからない。ましてや、英語もままならない。音楽も演歌をはじめとした日本の曲をよく耳にしていた私にとって、海外映画とは幼い頃から距離を感じていた。

映画といえば、日本の映画ばかりを観てきた。意味を理解し、“物語”として捉えて観ていた。しかし、成人を迎えた頃辺りから、どちらかと言うと“映像作品”として海外映画を観るようになった。言葉は分からなくとも、登場人物の衣装や小道具に使われる器から受け取ることができる文化の違いや色使いを目で愉しんだ。そうした映像から伝わる情報の多さに驚いた。

それから映画館へ何度も足を運んだ。初めは、物語を理解しようと必死になって字幕を追いかけたこともあったが、字幕が早すぎてついていけないことも多々あり、モヤっとした気持ちになったこともあった。だが、あるとき諦めてみたら、耳が慣れてきたのかなんとなくわかるようになり、自分なりの愉しみ方を見つけられたようで嬉しかった気持ちを鮮明に覚えている。

映画館に行けば学びがあり、たった2時間の間に自分がこれまで知らなかった情報と向き合う時間はとても有意義だった。

数多く観てきた映画の中でも、私のイチオシは『田園の守り人たち』。夫や息子を戦場に送り出した妻や母達の苦悩とその生活を描いているので、一見暗い映画に捉われがちかもしれない。作中では1915年、第1次世界大戦下のフランスで生きた人々の衣服や髪型、建物の佇まい、空気感、自然の景色、日常使いする器や食器棚が丁寧に映し出されている。音声なしで鑑賞しても心に馴染むのでDVDを購入したほどだ。
ふとした食卓の風景に映る器の姿は、オーブンに直接入れて使ったのかな、と思わせる色使いが印象的。それはヨーロッパの伝統的な作り方で作られた、スリップウェアのように思われる。

18世紀・19世紀のスリップウェアは、私も大好きで複数持っている。
“日常のオーブンウェア”であり、映画の中で自分が普段使っている様子と同じようなシーンを観た時は高揚した。

近頃は、現代的なデザインを加えてスリップウェアを制作している人も多く見かけるようになった。私は滋賀県の信楽で作陶している山田洋次さんの作品が好みで、伝統的な模様はもちろんのこと、伝統を踏まえた上で、オリジナリティを加えた焼き締めスリップウェアにも魅力を感じている。そうした“攻めのスリップウェア”を世に提示しているパンク精神も好みで、愛用している。イラストに起こしていただいたシーンの食器棚は、日本と違ってガラス戸がなく、飾り棚として立てかけるような器の置き方。木味も良く、食器棚と言うよりは、インテリアの一部になっている様が眼福です。

illustration : Yu Nagaba
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ひとりで映画を観に行くと感想を言い合う相手がおらず、自分の中には架空のアナウンサー役(聞き手)と自分が存在する。心の中で“一人二役”を演じ分けるかのように、わいわい会話をしながら楽しく帰路につく。気になった映画はひとりで観に行く機会が多く、この作品もひとりで観た方が空気感をじっくりと味わうことができるように思う。音を消して鑑賞することで、聴覚以外の感覚が研ぎ澄まされ、その時代の衣装や髪型、器や台所の風景の細部が目に焼き付いて離れません。
Title
『田園の守り人たち』
Director
グザヴィエ・ボーヴォワ
Screenwriter
グザヴィエ・ボーヴォワ
フェデリック・モロー
マリー=ジュリー・マイユ
Year
2017年
Running Time
135分

『菓子屋ここのつ茶寮』主宰 溝口 実穂

和菓子店勤務を経て、菓子と茶のコースを提供する『菓子屋ここのつ 茶寮』を東京・浅草鳥越にて始める。日本に古くから伝わることを学び、変えなくて良いことと変えていくべきことを、糧菓を通して表現。著書には陶作家・安藤雅信との共著『茶と糧菓 喫茶の時間芸術』(小学館)がある。

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