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極私的・偏愛映画論『第三夫人と髪飾り』選・文 / 竹中紘子(料理家、フードスタイリスト) / July 25, 2020

This Month Theme料理をするのが楽しくなる。

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生きること、子孫を残すために食が存在している。

 19世紀の北ベトナムの美しい緑と水が豊かな渓谷に囲まれた、絹の里を治める大富豪の家に第三夫人として嫁いだ十四歳の少女の視点から展開していく作品。予告を観た時、この雰囲気の映画に覚えがあると思いました。しっとりとした湿度を感じる美しいシーンは『青いパパイヤの香り』と似ています。それもそのはず、どちらの作品もトラン・アン・ユンが美術監修を務めているのです。

 初めて観た時は、陽の当たる時間の淡い美しい色、川の水面に映し出される岩山と空、夜の妖艶な儚い光と闇、暗闇の中で様々な提灯の光がポーっと浮かび上がるシーンにハッとしました。特に3人の夫人、第二夫人の二人の娘、女性の使用人たちが絹糸を干している合間の昼食シーンは美しい絵画を観ているようで印象的でした。主人公の第三夫人は薄いピンク、第一夫人は深いブルー、第二夫人は鮮やかな緑の服。バナナの皮に盛られた沢山のフルーツ、竹の水筒、竹の葉に包まれた蒸したもち米、野辺で摘んできた花。「こんなピクニックをしたい」と、羨ましくなる素敵さです。3人の夫人の後ろには第二夫人の娘たちと使用人が和やかに過ごしています。しかし、和やかなように見える3人の夫人の間にはピリッとした空気が流れています。美しいシーンと女性3人の間に流れる空気を含め、ただただ目で楽しみました。

 主人公の生き様は監督アッシュ・メイフェアの曾祖母の実話を元にしていると言われています。そのことを知った後に観た2回目は、印象が変わりました。最初の歓迎の宴。初夜に夫が飲み込む生卵。第一夫人が鶏をナイフで絞め滴り落ちる血。家族全員で囲む食卓。主人公が使用人に勧められる煎じたお茶。食のシーンに全て意味が込められていることに気づきます。曾祖母が生きた100年ちょっと前の19世紀の女性たちの不自由さを突きつけられます。祖父、夫、3人の夫人、その子供たちで囲む食卓の会話は、祖父が中心で勝手気ままに発言はできません。描かれているのは監督の曾祖母だけではなく、その時代の女性が経験した“歴史”だと思いました。

一方、自由はないけれど、湯気が立ちのぼる炊事場で女性たちが集まり、お喋りをしながら料理をする光景は、現代にはない大家族ならではの幸せな姿にも映りました。朝はお粥をコトコト炊き、昼は仕事の合間に外でピクニックのように女衆で食事を共にし、夜に食べる鶏を絞め、家族が三食同じものをいただく日常。そして、生きること、子孫を残すために食が存在している。食べることは他の動物たちの命をもらう、というシンプルな事実を気づかせてくれる作品でもありました。

 今まで以上に素材を大切に「食べた人を幸せに出来る料理を作ろう」と思うと同時に、毎日、好きな人たちが喜ぶ顔を思い浮かべて自由に料理をすること。当たり前だと思っていた自由は、かけがえのないものだと思いました。私にとって、好きなものを好きな人と食べられる幸せを噛み締められる映画です。

illustration : Yu Nagaba
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美的要素(光、3人の夫人、自然、主人公を連想させる蚕)と背徳感(主人公の年齢、逢瀬など)を存分に味わいながら観てほしい。撮影前に出演者と監督は現地で数ヵ月間にわたり当時と同じ生活様式で暮らしたという。そうしたバックグラウンドによって、当時の暮らしぶりのリアリティが映画の中に漂っているのではないだろうか。
Title
『第三夫人と髪飾り』
Director
アッシュ・メイフェア
Screenwriter
アッシュ・メイフェア
Year
2018年
Running Time
93分
DVD 3,800円(税抜)
発売元:PADレーベル
販売元:TCエンタテインメント
(C) copyright Mayfair Pictures.

料理家、フードスタイリスト 竹中 紘子

料理家、フードスタイリスト。素材の持ち味を生かし、シーンに合った料理とスタイリングが得意。大学在学中にフードコーディネータのアシスタントにつき、大学卒業後出版社に勤務。広告営業として10年勤めた後、料理家・フードスタイリストとして独立。雑誌、広告、食に関わる事業のブランディングなど幅広く活動。スタイリング、料理再現を担当した『高峰秀子のレシピ―「台所のオーケストラ」より』(ハースト婦人画報社)スタイリング、レシピ監修をしたムック『おうちおつまみ』(エイ出版社)も。

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