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『曲線』店主 菅原 匠子さんが語る今月の映画。『コロンバス』 【極私的・偏愛映画論 vol.92】July 25, 2023

This Month Theme本が印象的に描かれている。

モダニズム建築を舞台に繰り広げられる、繊細な人間模様。

モダニズム建築の宝庫として知られるアメリカのインディアナ州コロンバスを舞台に、交錯する人間模様を描いたコゴナダ監督初めての長編映画。出版社で翻訳の仕事をするジンと、図書館で働くケイシーがコロンバスで偶然出合い、建築を介して変化していく心の機微が描かれています。

エドワード・チャールズ・バセット設計による「コロンバス・シティ・ホール」の、宙に浮いたように横に伸びるふたつの柱。見えないものによって確かに支えられていること、埋まることのない適切なディスタンスをイメージさせる印象的なこの建築は、ジンとケイシー、ジンと父親、ケイシーと母親、それぞれの関係性を象徴しているかのようです。慣れ親しんだ自分の観念を離れ、踏み出していく者たちを見守るようなコロンバス・シティ・ホールの佇まいには、吸い込まれるように大きな包容力を感じます。

そして、もうひとつ印象的に映し出されているのは本の存在です。ジンとケイシー、ふたりが本に関わる仕事をしていること、街角で本を読む人、店番をしながら本を読む人など、建築と同じく、寡黙にただ傍らにある本の光景がいくつも目にとまります。本について特に言及されることはないけれど、ごく自然にその存在が映されている。本がこんなふうに描かれていることはめずらしく、そこに普段からの監督の本に対する愛着と信頼が表れているように思います。映画監督・小津安二郎の研究者でもあるコゴナダ監督。独特の間の取り方、建築が纏うアトモスフィアが息を飲むほど美しく表現され、そこに、小津安二郎と同様の感覚を見つけることができます。それであって、建築も、小津安二郎も、ちゃんと後景へと定着している。

エリエル&エーロ・サーリネン親子の建築、建築学者の父親に対して複雑な感情をもつジン、薬物依存であった母と暮らすケイシー。これは、建築の物語であり、新たに踏み出そうとする人の物語であり、親子の物語でもあります。モダニズム建築を通して、街そのものに宿る追憶と未来を体験する至極の作品です。

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背景に静かに響くサウンドトラックは、アメリカ・ナッシュヴィルの2人組Hammockが担当。直線をイメージさせる音と音の間隔と抑制された幽玄なサウンドが豊かな自然のなかに溶け込むように起立する重厚な建築の存在と共鳴しています。
Title
『コロンバス』
Director
コゴナダ
Screenwriter
コゴナダ
Year
2017年
Running Time
103分

illustration : Yu Nagaba movie select & text:Shoko Sugawara edit:Seika Yajima


『曲線』店主 菅原 匠子

宮城県仙台市の中心部から少し離れた場所にある本屋『曲線』の店主。国内外の文学や詩、写真集、絵本を中心に生活に優しく寄り添うような作品をセレクトしている。本を読む時間に溶け合う、アンビエント、ピアノ曲、フィールドレコーディングなどの音楽CDの販売も。

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