FOOD 食の楽しみ。
平野紗季子さんが出合った、地元の人が愛する味。あんこときなこを巡る旅-金沢。January 04, 2024
どちらかというとあんこ派という、フードエッセイストの平野紗季子さんが菓子の都、金沢へいざ出陣。待ち受けていたのは、日常に根ざしたおやつの数々。あんこときなこへの愛がより深くなったという、新しい味との出合いをお届け。
あんこときなこ、忘れたくない味のこと。 文・平野紗季子
ささやかな重みと、ほの温かさ。出来たての、あんこときなこのおはぎを『戸水屋』の店主・戸水健司さんから手渡してもらったとき、あ、この手のひらの感覚、忘れちゃってた大事なやつだ、と思った。この感触が思い出させるもの。それは、いつの間にかコンビニになってしまった駅前の小さな和菓子屋さんのことや、今は亡き田舎の祖母が、幼い頃こしらえてくれたおやつのことだった。
「うちは立派な菓子屋じゃなくて、おまんじゅう屋さん。風呂敷に包むんじゃなくて新聞紙重ねて近所の人に持っていくような、そういうお菓子」と、戸水さんは言う。いびつで大ぶり、塩気の効いたつぶ餡のおはぎは、本来お金を出して買うものからは得難い空気を纏っている。
「昔懐かしいおばあちゃんのおはぎだと言われるの。昔は抵抗があったけどね、職人なのにって」と戸水さんは笑う。笑ったそばから少し寂しそうな顔をする。
「本来は雑誌に載るもんじゃない。日常なんだから。でも今はこのあんこの味を守らなきゃって。一度壊れたものは絶対に戻らないから」
金沢には、古くから茶の湯文化を支える上生菓子屋があり、日常に根ざしたおまんじゅう屋があり、晴れの日には『越山甘清堂』で出合った五色生菓子といったマジカルな祝い菓子が現存する夢のような和菓子の都……と旅人の私は浮かれるが、菓子屋が続き、よき菓子を食べ続けられるということは、当たり前でもなんでもでなく、そこに必ず、残そうつなげよう、と強く意志を持った人々がいてこそのものだと気付かされる。
つないでいくことは、きっと今の時代に照らした価値を紡ぐことでもある。茶席菓子の名門『吉はし』の3代目兄弟である吉橋慶佑さん・太平さんが数年前から手がける〈豆半〉は、基本的には受注生産でしか出合えない『吉はし』の味を、より身近でより自由な存在として日常の中に置き直した菓子屋だ。由来には〝半人前〞の意味があるそうだが謙虚という他なく、彼らの作るどら焼きは人生最高を更新する素晴らしさだった。卵色の生地はフカッと歯切れよく、たっぷりのあんこは実にみずみずしい。あんこにもみずみずしさのフィールドがあったのか、とまず驚く。甘さはハッキリしつつもキレが良く、余韻は甘さよりも小豆の香りが響き、その精緻なバランスにもまた驚く。聞けば生地には旨味を潜ませるべく少量の昆布出汁を用い、小豆は水分量が多く粒がしっかりしたエリモショウズを選り抜き、粒を壊さぬよう銅鍋で丁寧に炊き上げ、渋切りも様子を見ながら微調整する。美味へとにじり寄る的確な仕事の集積。その探求の塊を前に「甘さは控えるものではなく秘めるもの」という『オーボンヴュータン』河田勝彦氏の言葉さえ飛来する。「どら焼きってちょっと甘くてあんこを全部食べられないこと多いんですよね」などと言っていた過去の自分の口にこの店のどら焼きを突っ込んで黙らせたい。そしてドヤ顔でこう言いたい。ここには和菓子の未来があります。古きを継承する意志と新しきを創造する意志、その二つが互いにせめぎ合いながら共存してこそ文化は続いていくのです……!と。
「きなこは大事にしたい。脇役なんて悲しい」
そうおっしゃったのは、『小窓のしおや』店主の塩谷美馨さん。彼女もまた和菓子文化や日本ならではの素材に大きな愛を持ち、日々の仕事に向き合う人だ。店は住宅街のとあるマンションに開かれた小窓で、白い暖簾が掛けられた窓から宝物のような最中や豆かんがそっと手渡される。きなこへの想いを深々と感じられるのは、米粉の白きなこぼうろだ。低温焙煎された北海道産きなこは大豆の甘さがブワッと広がるミルキーな風味を持ち、そうだよ私ってば君のことが大好きだったんだ!と、初恋の相手に再会したような心持ちになる。たしかに私は子どもの頃きなこが好きすぎて、ご飯にまでまぶして食べていたのだ。あのジャリジャリ、あの甘さ、そしてやわらかな香ばしさが運ぶなんともいえぬ安心感。
この街で過ごすことは、あんこやきなことの距離を縮め彼らと出合い直すことと同義だった。なにせ街の至る所で、思いがけず彼らへの深い愛に出くわすのだ。『サロン・ド・テ・カワムラ』の本黒わらび餅を食べればショットサイズの冷たいミルクがついてきて、最後にきなこラテまで楽しめる展開が待ち受けているし、『カフェダンボ』ではあんドーナツが現れ、ほっくりした素朴な餡は和菓子屋の祖母から受け継いだ自家製だったりした。そうだよね、あんこときなこ、やっぱり私も大好きだ。こうして一度縮めた距離を、これ以上絶対に離すものか、と思っている。
金沢で見つけた、こだわりが詰まったあんこときなこのおやつ6軒。
Trip to Kanazawa金沢
紹介した店以外に、おみやげにしたいおやつはたくさん。金沢駅で買えるのは『圓八』のあんころ餅と『たなつや』のたまきなこ。なかでも、あんころ餅は金沢の人たちにとってのソウルフード的存在。「竹の皮で包まれていて、あんこにもほんのり味が移っているのがいい」。野町『落雁諸江屋 本店』のつぶ餡入り生落雁「万葉の花」もおすすめ。
photo : Norio Kidera illustration : Sara Kakizaki text : Ayumi Iwamoto