Art素顔の芸術家たち

This Month Artist: Luis Barragan / July 10, 2018 ルイス・バラガン文/河内 タカ

ルイス・バラガン
Luis Barragan
1902 – 1988 / MEX
No.056

1902年にメキシコ第二の都市・グアダラハラの地主の家に生まれ、父が所有していた大農園で少年時代を過ごす。1919年に地元の自由工科大学に入学し、建築やデザインを独学で学ぶ。卒業後にはスペイン、フランス、モロッコへ遊学し、パリでは造園家のフェルディナン・バックと知り合い造園建築の重要性を強く認識する。ル・コルビジュエや地中海文化からも強い影響を受け、水や光を取り入れメキシコ特有の明るい色の壁面が特徴的な住宅を手がけた。しかし、地元メキシコでは知られた存在だったものの世界的に知られるようになったのは晩年になってからだった。

心を揺り動かす美しい建物
ルイス・バラガン自邸

 「私の建築は自伝的なものです。私のすべての作品の根底にあるのは、子ども時代と青年期を過ごした父の牧場での思い出であり、遠く懐かしいこれらの日々の不思議な魅力を、私はつねに作品において現代の暮らしに合わせて取り入れようとしてきたのです」ールイス・バラガン

 伝統とモダニズム建築を融合させたメキシコを代表する優れた建築家、それがルイス・バラガンです。バラガンの建築スタイルは、劇的とも言えるカラフルな独特の色使いや抽象画のようなドラマチックな壁、水や光を駆使して作られる庭などが特徴であり、それがもっとも顕著に表されているのが自宅兼仕事場として1948年に完成させた自邸でした。この家はピンクや黄色など日本人の感覚ではちょっとありえないくらいカラフルかつ鮮やかな色が建物の内外で使用されているのですが、それが乾いたメキシコの強い光と風土に絶妙にマッチしていて、美しさと力強さと繊細さを兼ね備えた建築の傑作として崇められ、2004年には世界遺産の文化遺産として登録されました。

 自らのルーツとしての地中海文化と出会い、さらにル・コルビジェの作品に触れ多大な影響を受けたとされているのですが、ピンク一色に塗られたダイニングルーム、青い空を切り取ったような屋上、安藤忠雄の『光の教会』のインスピレーションにもなった象徴的な十字架の窓枠、自然の光を最大限に活用された大きく取られた窓、書斎の壁に埋め込まれた薄い階段、そしてバラガンが愛したマティアス・ゲーリッツの彫刻やジョセフ・アルバースの絵画といったアート作品も絶妙な位置に配置され時間の流れとともにこの空間に溶け合っています。

 バラガンの建物はモダニズム建築に属するのですが、その一方でメキシコ旧来の民家に使われていたピンクや黄色やオレンジといったカラフルな色を使うことで、インターナショナルスタイル(室内空間の自由な間仕切りといった機能主義的な立場から個人や地域の違いをこえて、世界共通の様式へと向かおうとしたことを指しての言葉)から自国の伝統建築を取り入れたようなバラガンスタイルへと移行していきました。ちなみに、ピンクは花を愛したインディオの色でありメキシコの近代建築にはタブーとされていたそうですが、彼は歴史とその土着性に惹かれそのような色をあえて使い、自然光を取り込むオリジナリティに溢れる凝ったスタイルは世界中の多くの建築家たちにも影響を及ぼしました。

 庭園や屋内には水を張った空間を取り入れ、溶岩やメキシコ固有の植物からなる庭園を作ったことも彼が始めたスタイルであり、亡くなるまでの約40年の間住み続けたほど、彼にとってこの上なく居心地の良い空間であったのでしょう。聞くところによるバラガンは孤独を好む人だったそうですが、外から閉ざされた空間をまるでパラダイスのような色で演出をしたのは、冒頭の言葉にあるような彼自身の心情を表していたのかもしれなく、そこには彼が住まいに求め続けた「心のやすらぎ」といったものが息づいていたようなんですよね。

Illustration: Sander Studio

『Architecture of Luis Barragan』(Museum of Modern Art)1976年にMOMAで開催されたルイス・バラガン回顧展のカタログとして出版されたもの。エミリオ・アンバースにより監修・デザインがなされたもので、バラガンが世界的に知られるようになる契機となった作品集。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。