名著を読み解く、大人の読書感想文。

名著を読み解く、大人の読書感想文。課題図書/『新編 銀河鉄道の夜』 文/塩川いづみBook Review 1 / December 25, 2020

誰もが取り組んだ学校の宿題といえば読書感想文。様々な経験を積み重ねた大人が、改めて名著に対峙するとき、どんな感想を抱くのだろうか。教科書に掲載されるほどのタイトルを課題図書に、5人が新たな視点で自由に感想を綴った。

新編 銀河鉄道の夜

課題図書
『新編 銀河鉄道の夜』
宮沢賢治 著 新潮文庫

家が貧しく、孤独で空想好きのジョバンニと親友のカムパネルラ。彼らがある日突然、”銀河巡りの旅”の出るという、謎に満ちた世界観が魅惑的な童話作品の代表作。人生の哀切と幸福の深遠を美しく描いた。

塩川いづみ

文/塩川いづみ Izumi Shiokawa
イラストレーター

長野県生まれ。雑誌、広告などのイラストレーションやブランドのオリジナルプロダクトを手がける。作品集に、宮沢賢治の詩にドローイングを添えた詩画集『春と修羅』(torch press) がある。2021年1月23日〜2月2日に、西荻窪364にて展示を開催予定。

sentimental train

 渋谷にある『名曲喫茶ライオン』は昼でも薄暗い。青く光る蛍光灯の下、音楽を聴くのではなく、本を読むのには目に悪そうだが、その代わり顔もよく見えないので今日の私のような場合には好都合だった。

 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に出合ってからはもう随分と経つ。けれど、読むたびにこうして泣けてしまうようになったのはここ最近のことだ。

 銀河のお祭の日、ジョバンニが丘の上で寝ころんでいるといつのまにか汽車に乗っている。親友のカムパネルラも一緒だ。 2人が乗っている汽車は天上を走り銀河ステーションから南十字星へと向かっていく。金剛石や草の露やあらゆる立派さをあつめたようなきらびやかな銀河の河床、水晶細工のように見える銀杏の木、銀や貝殻でこさえたようなすすきの穂……。賢治が書く透明できらきらした世界が車窓を流れていく。夢の中のような幻想的な美しさの一方で、乗客の言葉の端々が徐々に死の気配を帯びてくる。 乗客が光の十字架で下車し、この汽車の向かう先はもしかして、と思ったころカムパネルラも突然消えてしまう。そして丘の上で目を覚ましたジョバンニが街に戻るとカムパネルラは溺れた友人を助けるために川で命を落としたことを知るのだった。

本から顔をあげて見渡すと喫茶店の座席は一方向に並んでいて、まるで汽車の座席のように見えた。その座席に私はこの世ではもう会えない父を見る。また、大好きだった祖母、かつて一緒にいたパートナー、選ばなかった人生を歩む私を想像する。先日まで一人で納戸におもちゃを取りに行くのが怖いから一緒に行けとせがんでいた甥っ子が今は納戸で一人平気に遊べるようになっている。そんなささいな日常の過ぎ去った景色も、車窓を流れていく。

ますむらひろしさん原作のアニメーション版『銀河鉄道の夜』を見て、猫が活躍するファンタジー世界をただ見て楽しんでいた小学生の私から時が流れ、当時は知らなかった「もう取り戻せない時間」が私を汽車に乗せる。永遠ではない日々をいとおしく見つめ、終着駅までをどう生きるか、自分に問いかけるのだ。

illustration:Shapre edit : Seika Yajima
※『&Premium』No. 70 2019年10月号「あの人が、もう一度読みたい本」より

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