日本の美しい町を旅する。

多層な歴史に魅了される四国の玄関口、高松へ。__前編July 20, 2024

その土地でしか味わえない食や、ものづくりに出合うことは、旅における大きな楽しみのひとつ。さらに、その町に暮らす人たちが織り成すカルチャーに触れられれば、より一層、旅の思い出が心に刻まれるもの。訪れたのは、3年に1度開催される現代アートの祭典『瀬戸内国際芸術祭』の入り口であり、瀬戸内海の島々へ渡るフェリーの発着場所でもある高松。晴れの日が多く、温暖な気候のため、旅をしやすい町だ。工芸や自然、アート、食……。見どころのスポットを『まちのシューレ963』の店長・谷真琴さんが教えてくれた。この記事は香川を旅した前編です。7月21日更新です

Landscape_多層な歴史に魅了される、四国の玄関口。

Landscape_多層な歴史に魅了される、四国の玄関口。
武将・那須与一が扇の的に矢を放ったというエピソードが残る、源平合戦の舞台となった屋島は、高松のシンボル的存在。屋島山上は南北約5㎞にわたって平坦地が続き、四国霊場第84番札所『屋島寺』やイルカショーも行われる水族館『新屋島水族館』、複合施設『やしまーる』もある。また、源氏が勝どきとして陣笠を投げていたことを起源とする開運厄除のかわらけ投げもできる。その展望台からの眺めは左手に市街地、右手に瀬戸内海の風景が広がる。「ここからの眺めは本当に素晴らしい。多島美といわれる、瀬戸内海の美しさが凝縮されていると思います」と、谷真琴さん。左手前の島は女木島で、昔話の桃太郎に登場する鬼ヶ島だといわれている。

Craftwork_文学賞やラジオ番組も主催、深夜まで営業する2つの『半空』。

『珈琲と本と音楽 半空』(高松市瓦町1−10−18 北原ビル2F)。コーヒーと音楽と本、そして対話を楽しむための場所。カウンター席の後ろの棚にはコラムニストでもあるオーナーの岡田陽介さん、店長の佐藤暖さんの所蔵本がびっしりと並ぶ。伊丹十三が愛したサラダ菜と苺ジャムのサンドウィッチ(¥600)や、チャールズ・ブコウスキーの愛したウォッカセブン(¥1,300)など文学にまつわるメニューがあり、コーヒーや紅茶の種類も豊富。
『珈琲と本と音楽 半空』(高松市瓦町1−10−18 北原ビル2F)。コーヒーと音楽と本、そして対話を楽しむための場所。カウンター席の後ろの棚にはコラムニストでもあるオーナーの岡田陽介さん、店長の佐藤暖さんの所蔵本がびっしりと並ぶ。伊丹十三が愛したサラダ菜と苺ジャムのサンドウィッチ(¥600)や、チャールズ・ブコウスキーの愛したウォッカセブン(¥1,300)など文学にまつわるメニューがあり、コーヒーや紅茶の種類も豊富。
岡田さんがカウンターに立つ『茶論半空—SALON NAKAZORA』(丸の内6−28)。半空文学賞やYouTube番組、半空ラジオなどの活動も。ひとりでも、誰かを誘っても居心地のいい空間を提供。
岡田さんがカウンターに立つ『茶論半空—SALON NAKAZORA』(丸の内6−28)。半空文学賞やYouTube番組、半空ラジオなどの活動も。ひとりでも、誰かを誘っても居心地のいい空間を提供。

Culture Spot_『まちのシューレ963』と『蒼島』で、地元の手仕事の品を探す。

庵治町、牟礼町でのみ産出される庵治石。キメが細かく、光沢があり、堅いため墓石に使われることが多い。しかし、近年、墓石の需要が減ってきたことから現代の生活に合うプロダクトを作り出すプロジェクトが始動。その企画・販売をしている『蒼島』(高松市牟礼町牟礼3195−1)。
庵治町、牟礼町でのみ産出される庵治石。キメが細かく、光沢があり、堅いため墓石に使われることが多い。しかし、近年、墓石の需要が減ってきたことから現代の生活に合うプロダクトを作り出すプロジェクトが始動。その企画・販売をしている『蒼島』(高松市牟礼町牟礼3195−1)。
2010年にオープンした『まちのシューレ963』(丸亀町13−3)。シューレとは”学びの場”という意味。この地で生まれるいろいろな出来事や人、ものを町の人にはもちろん全国に紹介し、一緒に学ぶ場をつくっている。地元のクラフトや食品も数多く扱う。カフェとギャラリーも併設。写真は穴窯で作品づくりをする境知子(棚上)と境道一(棚下)の器。
2010年にオープンした『まちのシューレ963』(丸亀町13−3)。シューレとは”学びの場”という意味。この地で生まれるいろいろな出来事や人、ものを町の人にはもちろん全国に紹介し、一緒に学ぶ場をつくっている。地元のクラフトや食品も数多く扱う。カフェとギャラリーも併設。写真は穴窯で作品づくりをする境知子(棚上)と境道一(棚下)の器。

Food_ ナチュラルワインと食す、有機食材を使った料理。

その日にある食材で料理を決める。左上から時計回りにホワイトアスパラの塩釜焼き、鴨、アオリイカと旬菜、ブッラータチーズと苺。
その日にある食材で料理を決める。左上から時計回りにホワイトアスパラの塩釜焼き、鴨、アオリイカと旬菜、ブッラータチーズと苺。
7、8割はフランスのナチュラルワイン。料理に合わせて店主が見繕ってくれる。
7、8割はフランスのナチュラルワイン。料理に合わせて店主が見繕ってくれる。

1980、'90年代の音楽が流れる『乍 nagara』(高松市城東町1−7−7)は、この店の売りでもあるナチュラルワインに寄り添った、有機栽培による食材や調味料を使った料理を提供。「特に何料理と定義できず、メニュー名もない料理を出してくれます。けれど、食材の組み合わせが絶妙で、毎回びっくりさせられるし、感心します。ナチュラルワイン好きならぜひ、おすすめです」と、谷さん。アラカルトの他、コースは¥6,000から用意。

The Guide to Beautiful Towns_香川

伝統工芸、本、アート、モダンデザインが混在。

“うどん県”の愛称で知られる香川県。その県庁所在地である高松は、江戸時代からの古い町並みも残る城下町だ。けれど、その歴史はもっと古い時代に遡る。マンホールの図柄になっているなど、町のあちこちの意匠に使われているのが源平合戦の名場面。今や観光名所である屋島は、平家が拠点を構え、戦いの舞台となった場所だ。

そのすぐそばで生まれ育った、今回の案内人『まちのシューレ963』の店長・谷真琴さんは、屋島の山容や山上からの眺めが、原風景だという。

「山上が平らなテーブルマウンテンなんです。歩いても行ける距離に家があるので、小さな頃から屋島を見て天気を判断。山上にもよく登りました。わざわざタンクで海水をあげている、全国でも珍しい山の上の水族館もあります。2022年には屋島山上交流拠点施設『やしまーる』もできて、一大観光名所に。でも、ここから眺める瀬戸内の風景は今も昔も変わりません。女木島や男木島、小豆島など多島が重なり合い、天気のいい日には瀬戸大橋まで見渡せます。海が近くにあること。それは、私の一部をつくっているといえます」

一度は県外に出て、また戻ってきた谷さんいわく、高松は暮らしも旅もしやすい町とのこと。

「香川自体が日本で一番小さい県なので、高松もコンパクト。フェリーや鉄道といった交通機関がギュッと凝縮されていて、起伏が少ないので、自転車や徒歩でもまわりやすい。気候も温暖で人の気質も穏やか。うどんは安いし、おいしいものもたくさんあります」

そのおいしいもののなかでも、驚きを与えてくれるというのが、ナチュラルワインとクラフトビールと料理を楽しむ店『乍』だ。

「店主がセレクトしたナチュラルワインに合う有機食材を使った創作料理を提供してくれます。私はおまかせで頼むことがほとんどです。うちの店で展示をしてくれる作家さんを連れていくことが多いのですが、器にもこだわっていて、みなさん満足してくれます」

その食事のあとは『珈琲と本と音楽 半空』へ行くのが定番。

「ここと『茶論半空』の2店舗があり、オーナーの岡田陽介さんがとにかく面白い方なんです。特に『珈琲と本と音楽 半空』では、文学にちなんだカクテルなどお酒の種類が豊富で、午前3時までコーヒーやハーブティーを飲むことができるのも嬉しい。どちらも旅の合間にひとりで行って過ごすのにも、最適な場所だと思います」

また、高松を歩いていると、本が身近にあることにも気づく。『半空』にはもちろん、『乍』にも大量の本や漫画が置かれている。そして、半径1㎞圏内にユニークな棚をつくる新刊書店『本屋ルヌガンガ』や、大型の『宮脇書店』、古本の『なタ書』『YOMS』『不二書店』など、個性的な本屋がめじろ押し。それだけ町の人に本を読む文化があるという証明でもある。

「書店以外に図書館もたくさんあって、どこに返却してもいいので便利。移動図書館も充実しています。また、美術もすぐ手が届くところにある。猪熊弦一郎さんやイサム・ノグチさんといった世界的なアーティストがいて、家具ではジョージ・ナカシマさんがいる。彼らの作品を発表する場もあり、町の人は知らないうちにそれを湯水のように浴びているんです。そんな環境は稀なのだと、私も一度、外に出てから気づきました」

その要因は、1950年から74年まで香川県知事を務めた金子正則の功績が大きいという。

「“政治とはデザインなり”と言った人で、彫刻家のイサム・ノグチや流政之を高松に招聘してアトリエを構えてもらったり、その流のすすめで来日したジョージ・ナカシマが高松の木工所、桜製作所と家具づくりを進めたり。香川県庁舎東館の設計を丹下建三に依頼したのも、讃岐うどんを特産品として広めていったのも彼です」

源平合戦や桃太郎伝説、大名家があったことで生まれた伝統文化とモダンデザイン。小さな町ながら、高松には積層する歴史があり、それらが残した文化が、現代にも色濃く影響を与えている。

「海からの恵みに加えて、讃岐のり染や、かがり手まり、イサム・ノグチが驚嘆した庵治石の加工技術、ジョージ・ナカシマが愛した讃岐民具連の木工。それだけでなく『まちのシューレ963』でも扱っている、境知子さん、境道一さんらの陶芸や、金子まゆみさんのガラス作品、庵治石の粉を混ぜた傷がつきにくい漆器など、新しい工芸も生まれています。さらに、ちょっと足を延ばせば、仏生山温泉を中心に、個性的な店が次々とオープンしている仏生山エリアもあります。コンパクトにまわれるなかにも、さまざまなテーマがある。それが、高松の魅力です」

谷 真琴 『まちのシューレ963』店長

塾講師や資料館勤務を経て、オープンの半年後から店に入る。2014年に店長に就任。神戸阪急本館にある『まちのシューレKOBE』と行き来しながら、作家を招聘したり、企画を立てたりと、多忙な日々を送る。

 谷 真琴
 
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東京から高松空港まで約1時間15分。市内へはリムジンバスが便利。高松駅へは山陽新幹線岡山駅で乗り換え。1400本もの松がある栗林公園や、お堀に鯛がいる史跡高松城跡玉藻公園など、史跡も多く残る町。中心部に位置する高松中央商店街のアーケードの長さは、なんと全長2.7㎞。雨の日でも楽しめる。

photo : Tetsuya Ito illustration : Junichi Koka edit & text : Chizuru Atsuta

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