日本の美しい町を旅する。
九州の真ん中、熊本。都市と自然とが溶け合う場所。後編July 30, 2023
70万以上の人口を抱える市街地に、美しい水と緑が溢れる熊本。市民の水道水を100%地下水で賄う、国内でも稀有な場所だ。熊本城のすそを市電と車が頻繁に行き交う街で、地元の人々が食堂のように出入りするのが『諸国家庭料理PAVAO』。店主の平沢えりなさんが、熊本市中心部と周辺の歩き方を教えてくれた。この記事は熊本を旅した後編です。前編はこちら。
24の写真で辿る、美しい暮らしのある町・熊本。
The Guide to Beautiful Towns_熊本
震災から7年を経て、発見で満ち溢れる街に。
おいしいものに事欠かない熊本で、ローカルの皆が「とっておき」と口を揃える店が『諸国家庭料理PAVAO』。「行ったことがある国の料理はアレンジして、ない国の料理は本を読んで想像しながら自分らしく作っています」と話すのは店主の平沢えりなさん。エスニックを中心に仕立てる野菜たっぷりの品々は、街中で働く若者から圧倒的な支持を集める味。気づけばナチュラルワインを片手に両脇の客と挨拶を交わし、店を出る頃には友人になっていることもしばしばで、「人間交差点」と呼ばれる所以。その中心にいる平沢さんは「とにかく水がいい」と、熊本の魅力を語り始めた。
「水のおかげでおいしい野菜が育って、ポテンシャルが高い素材を使って料理ができるのは本当に嬉しい。暮らしていると慣れてしまうけれど、綺麗な水があちこちで湧いていることで、街が健やかな空気で溢れているように感じる」
全国的には阿蘇の水源が知られるが、街に程近い江津湖も湧水池。周辺をランニングする人、水遊びをする子ども、水面に映る夕焼けを眺める人……、美しい湖が暮らしの一部に溶け込んでいる。
「あと手仕事を扱う店と本屋も充実していますよね。20歳のときから通う『工藝きくち』は大切な場所。民芸品を扱う近頃の店のセレクトとは違い、何年も作り手の元に足を運んだからこその、説得力のあるもので棚が埋まっています」
店主の菊池典男さんは民藝運動の流れを汲み、今日までの民藝の歴史を見守り続ける数少ない人だ。
「全国的に見てもきっと貴重な店だと思います。それに民藝といえば、意外と知られていないけれど『熊本国際民藝館』も楽しい場所」
熊本の本屋といえば、『橙書店』は本好きに知られる名店。そして古本屋が多い並木坂に構える『古書 汽水社』は、平沢さんがよく足を運ぶ本屋のひとつ。
「まず、素敵な古本屋が街の中心部にあること自体がいいですよね。それに『汽水社』は、古本に抵抗がある人でも気にならないほど綺麗な状態で売っているんです。アート系が充実したセレクトや、店先の本棚で通りすがりの人が立ち読みしている光景も好き」
街の中心部から路面電車で10分ほどの距離にある『長崎次郎書店』も、旅人に薦めたい書店だ。
「上通アーケードにある『長崎書店』の本店である『長崎次郎書店』は、建物がとにかくクラシック。それでいて地域の書店としての役割をしっかり果たしていると思います。一度閉店してしまったけれど、再開したときは本当に嬉しかった。上階の喫茶室は当時の内装を残しているから、雰囲気もそこから見える景色も素晴らしい。著名な作家や漫画家たちが立ち寄るのも頷けます。どの書店も個性的なんです」
ほかにカルチャースポットとして立ち寄るべきは、様々な顔を持つアーティスト・坂口恭平さんの私設美術館『Museum』。
「あるときは作家、あるときは画家、あるときはミュージシャン。そんな彼の存在自体が稀有なもので、熊本にいてくれてありがたい人。経済のサイクルを自分で生み出して動かして、周りの人にいい循環を生み出そうとする生き方は、いつ会っても変わらないし尊敬できる。だから彼の絵は素敵だと思うし、せっかくだから直接観に行ってほしいです。彼もたまに、うちの店に寄ってくれます」
平沢さんの『PAVAO』がある並木坂近くには、熊本にナチュラルワインを浸透させた『ワインショップ クルト』や、『クルト』のワインを楽しめる『バルール』『中華そばSANYO』も軒を連ねる。上通アーケードから続くエリアで歩きやすく、平沢さんが県外の人を案内したい店も多い。
「もう何年も通い続けている『LOTUS』は、〝ライフスタイルショップ〞という言葉を耳にする前から、衣食住を提案しているセレクトショップ。世界各国のスタイルやカルチャーをミックスした店づくりに、常に刺激をもらっています。少し休憩したいときには『グラックコーヒースポット』へ。コーヒーがおいしいのはもちろん、古民家を改装した建物も趣があります。『ドラゴカフェアット』は大人も子どもも立ち寄りやすいオープンな雰囲気のジェラートショップ。素材を大切にしているし、味も間違いない」
ただ、紹介した店にとらわれず、街を気ままに巡ってほしいとも。
「2016年に起きた熊本地震はとても悲しいことだったし、景色も人も大きな変化を余儀なくされました。でもそれによって生まれた繋がりや絆は確かにあって、ローカルの輪が広がったことも事実。いままさに街が元気になっている最中だから、歩くと発見があって、とても楽しいんじゃないかな」
平沢えりな 『諸国家庭料理PAVAO』店主
1978年、温泉地でもある県南の日奈久町生まれ。2008年、『諸国家庭料理PAVAO』をオープン。営業は木~土曜の夜のみ。夫は陶芸家の平沢崇義。店での器使いも楽しみたい。▷熊本市中央区南坪井町1‒9‒2F
今春リニューアルした阿蘇くまもと空港からバスに乗り40分ほどで、市街地中心部の通町筋に到着。九州新幹線で熊本駅で降りた際は、通町筋へは路面電車の熊本市電A系統を。飛行機からは阿蘇山、市電からは熊本城と、旅のプロローグにふさわしい美しい景色を見逃さずに。市街地内の移動は市電が便利。
この記事は熊本を旅した後編です。前編はこちら。
photo : Shinnosuke Yoshimori illustration : Jun Koka edit & text : Yoshiko Otsuka