美しい暮らしのある、日本の町を旅する

山と海の間に満ちる、自由な空気を感じる鎌倉で。__前編July 08, 2023

鎌倉に暮らす人々の交差点となっている食堂『オイチイチ』。この店を切り盛りする瀬木いくよさんは、単に素敵な場所やおいしい店ではなく、「愛すべき、優しい人たちを紹介したい」と言う。瀬木さんの目線をなぞりつつ町を歩くと、密に繋がりながら、心の底から暮らしを楽しんでいる人々の姿が見えてくる。

Landscape_観光スポットのすぐ隣にある、 ローカルのための江ノ電と海岸。

鎌倉 オイチイチ 瀬木いくよ 旅
鎌倉の海岸のなかでも特に落ち着いた雰囲気の材木座海岸。由比ヶ浜が若者たちで賑わう夏でも、川を挟んだ材木座では家族連れがゆっくりと過ごしている。海や江ノ電といった観光スポットも、ほんの少し場所と視点をずらせば、味わい深い風景と出合うことができる。材木座海岸の奥には、逗子マリーナが見える。波は比較的穏やかでロングボード向き。
材木座は『オイチイチ』(鎌倉市大町1‒3‒21)のある大町からも徒歩圏内で、瀬木さんは「海まで歩いて気持ちを切り替えている」という。入り口は134号線をくぐる小さなトンネル。
材木座は『オイチイチ』(鎌倉市大町1‒3‒21)のある大町からも徒歩圏内で、瀬木さんは「海まで歩いて気持ちを切り替えている」という。入り口は134号線をくぐる小さなトンネル。
鎌倉駅から1 つ目の和田塚駅近くの踏切。何げない路地にも顔を出すから、江ノ電は鎌倉という町のアイコンなのだろう。
鎌倉駅から1 つ目の和田塚駅近くの踏切。何げない路地にも顔を出すから、江ノ電は鎌倉という町のアイコンなのだろう。

Craftwork_雨で艶を増す緑に、命宿る工芸。 『インクギャラリー』で静けさに浸る。

インクギャラリー 鎌倉 オイチイチ 瀬木いくよ 旅
「オープニングからケータリングに伺っている、とても素敵なギャラリーです」と瀬木さん。ファッションブランド〈ヤエカ〉が運営する『インクギャラリー』(鎌倉市鎌倉山1‒19‒12)は、建築家・吉村順三が住宅として設計し、1977年に完成。かつて吉村の事務所に勤め、この物件の施工にも携わった中村好文の監修の下、復元された。卵を模した花器と流木のようなキャンドルスタンドは、7 月15~23日に展示を予定しているニューヨークの作家、テッド・ミューリングによるもの。どちらも手触りを感じる白い陶器で、借景の雨に濡れた庭との対比が眩しい。テッドは展示のステートメントで、こう記している。「貝殻の優雅な螺旋や葉の複雑な曲線は、別の素材で解釈すると、小さな啓示がある」

Culture Spot_海のすぐそばで山を感じる喫茶店。 『vuori(ヴオリ)』に流れる、内省的な時間。

店主の野崎咲耶子さんは、幼い頃から登山に親しみ、今も休みのたびに山へ向かうという。そのためか大仏まで徒歩5 分ほどの喧しい長谷エリアながら、『vuori』(鎌倉市長谷1‒15‒1)には山小屋のような穏やかな時間が流れている。1 階(写真2)が喫茶スペース、2 階(写真1)には器と書籍が置かれ、自然や山、あるいは豊かな暮らしについての古書、新刊が厳選されている。点数が絞られている分、一冊とじっくりと向き合うことができる。「お客様がゆっく
りとコーヒーを飲みながら本を読んでいる景色がとても好きなんです」と野崎さん。瀬木さんは、鎌倉の谷戸で暮らす作家、甘糟幸子のエッセイ集『料理発見』を手に入れたという。壁には野崎さんの父が描いた山の絵が飾られていた。
店主の野崎咲耶子さんは、幼い頃から登山に親しみ、今も休みのたびに山へ向かうという。そのためか大仏まで徒歩5 分ほどの喧しい長谷エリアながら、『vuori』(鎌倉市長谷1‒15‒1)には山小屋のような穏やかな時間が流れている。1 階(写真2)が喫茶スペース、2 階(写真1)には器と書籍が置かれ、自然や山、あるいは豊かな暮らしについての古書、新刊が厳選されている。点数が絞られている分、一冊とじっくりと向き合うことができる。「お客様がゆっく りとコーヒーを飲みながら本を読んでいる景色がとても好きなんです」と野崎さん。瀬木さんは、鎌倉の谷戸で暮らす作家、甘糟幸子のエッセイ集『料理発見』を手に入れたという。壁には野崎さんの父が描いた山の絵が飾られていた。
店主の野崎咲耶子さんは、幼い頃から登山に親しみ、今も休みのたびに山へ向かうという。そのためか大仏まで徒歩5 分ほどの喧しい長谷エリアながら、『vuori』(鎌倉市長谷1‒15‒1)には山小屋のような穏やかな時間が流れている。1 階(写真2)が喫茶スペース、2 階(写真1)には器と書籍が置かれ、自然や山、あるいは豊かな暮らしについての古書、新刊が厳選されている。点数が絞られている分、一冊とじっくりと向き合うことができる。「お客様がゆっく
りとコーヒーを飲みながら本を読んでいる景色がとても好きなんです」と野崎さん。瀬木さんは、鎌倉の谷戸で暮らす作家、甘糟幸子のエッセイ集『料理発見』を手に入れたという。壁には野崎さんの父が描いた山の絵が飾られていた。
店主の野崎咲耶子さんは、幼い頃から登山に親しみ、今も休みのたびに山へ向かうという。そのためか大仏まで徒歩5 分ほどの喧しい長谷エリアながら、『vuori』(鎌倉市長谷1‒15‒1)には山小屋のような穏やかな時間が流れている。1 階(写真2)が喫茶スペース、2 階(写真1)には器と書籍が置かれ、自然や山、あるいは豊かな暮らしについての古書、新刊が厳選されている。点数が絞られている分、一冊とじっくりと向き合うことができる。「お客様がゆっく りとコーヒーを飲みながら本を読んでいる景色がとても好きなんです」と野崎さん。瀬木さんは、鎌倉の谷戸で暮らす作家、甘糟幸子のエッセイ集『料理発見』を手に入れたという。壁には野崎さんの父が描いた山の絵が飾られていた。

Food_ 自社の麺で、焼きそばを。 『邦栄堂製麺』の新しい風景。

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いわゆる町中華に麺を卸している『邦栄堂製麺』(鎌倉市大町5‒6‒15)が今春から始めたフードトラックでは、工場長の鎌田裕樹さんの作る焼きそばが食べられる。ソースの匂いに引き寄せられるように近隣に暮らす友人知人がひっきりなしに訪れ、サッと食べてはそれぞれの生活に帰っていく。「この焼きそばからは、鎌ちゃんが麺を愛しているのが伝わってくるんです」と、瀬木さんは言う。『北村牛肉店』などの地元の店で仕入れた豚肉とニラ、もやし。シンプルな具材に合わせているのは、平太麺。麺もソースも同じものを購入できるが、実際に作ってみても鎌田さんのような味は出せない。鉄板の成せる業か、あるいは愛の深さゆえか。金土の昼時のみ出現する、至福のストリート焼きそば。

The Guide to Beautiful Towns_鎌倉

物々交換で食材が回る、東京から程近い〝田舎

「鎌倉って、思ったよりも田舎なんですよ」と『オイチイチ』の瀬木いくよさんは言う。例えば、どんなところが?と尋ねると、近所に暮らす人々との交流について教えてくれた。

「『邦栄堂製麺』の3代目、関康さんとは、私が鎌倉に引っ越してきた頃からですから、もう20年近いお付き合いなんですね。いつも私に少し余裕があるときには電話をかけて、『明日、弁当できるけど、いる?』って聞くんです。『じゃあ、5つで』と注文してくれて、そのうちのいくらか分は、麺や餃子の皮でいただく。つまり、物々交換。お金ではなく食材が回ってる(笑)。自分が作ったものを相手が喜んでくれる。それは、お互いにとてもハッピーな関係だと思うんです」

 あるいは『鎌倉市農協連即売所』でいつも仲良くしている農家から特別にオマケしてもらったたくさんのキュウリを、何か加工して次の買い物のときに持っていったりもする。互いが生産者であり、消費者でもある。その信頼関係が、コミュニティの空気感をつくり出している。

「今回紹介したお店は、とにかく食べたらわかる、と思うんです。どれほど丁寧に作っているのか、どれほど愛を持って店を営んでいるのか。近所の『北村牛肉店』に行くと、きちんとジャガイモから仕込んでコロッケを作っているんですね。その丁寧さに頭が下がります。料理にはもちろん、店の佇まいにも必ず人柄が出ます。地元の人たちが通っている店ばかりで、その素晴らしさは観光で訪れたとしても、きっと伝わると思う」

 象徴的な存在は、今年30年目に突入した『カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ』かもしれない。瀬木さんが鎌倉に越してくる以前から通っていた店で、今では平日でも行列ができていてなかなかすぐには入れないが、雨の日などのすいているタイミングを見つけると、つい吸い込まれるように入ってしまうという。

「最初は外の人として、今では地元の人として通うようになりました。ずっと店を続けるだけでもすごいことなのに、これだけ通ってもイメージはそのままで、まだ行きたい(笑)。メニューやアプローチは少しずつ変わるけど、店のスタンスはずっと変わらないんです。だからあんなに行列ができるのに、地元の人も通っているんだと思う」

 おいしいコーヒーやパフェを出す店、という以上の価値を感じてほしいのだろう。瀬木さんは、「単においしいものを誌面に並べるだけでは嫌なので、顔が見える店を紹介したい」と言った。つまり、鎌倉の町にあってほしいと、互いに認め合うことのできる店。それが「思ったよりも田舎」という言葉の真意かもしれない。 

 もう一つのわかりやすい〝田舎〞の意味は、「ありきたりですけど、自然が近いところ」。

「狭い範囲に海も山もあって、町の中にもきちんと四季がある。『オイチイチ』から『邦栄堂製麺』までの間に、ツツジの垣根があるお寺があるんですが、毎年5月初旬に満開になるんです。町の至る所で四季の変化に気づくんですね。友人たちが山で虫の観察を始めたら春の訪れを感じて、近所の川で蛍が見られるようになったら梅雨が近く、だんだんと海へ向かう人が増えていったら、夏がやってくる。人間も四季のサイクルに合わせて暮らしていますから。同じ季節でも毎年必ず、少しずつ変化があって、その中に身を置いていることに幸せを覚えるんです」

 店で翌日の仕込みをしていて、空が淡いピンクになってきたら、急いで海へと向かって夕焼けを待つこともある。近所の酒屋で生ビールを買って、ビーチで乾杯したりもする。「鎌倉に暮らすようになって、空を見上げることが増えたかもしれない」と瀬木さん。山と海に囲まれた鎌倉には、自然の〝気〞のようなものが充満していて、それが暮らす人たちの自由の源になっている。

「『オイチイチ』の夜の部を担当していた夫は今、長野県の野尻湖湖畔で蒸留所を始めて、二拠点生活をしているんですね。ハーブを育てながら、どうも楽しくやっているみたいですが(笑)、そのためもあってうちの店はよく休んだり、急に開いたりするんです。どうにもワガママな店ですが、それでもみんな付き合って、ごはんを食べに来てくれる。とてもありがたいことだし、店だって人と人との付き合いだと思う。鎌倉の豊かさの証拠だと思ってます(笑)」

 冗談ぽく笑う瀬木さんだが、店の前を通りすぎる人たちが中を覗き込んでは、手を振って挨拶をしていく。入り込みにくそうに見えて、本当は優しく温かい。それが鎌倉の風景だった。

瀬木いくよ 『オイチイチ』店主

三重県出身。〈イデー〉に勤務した後、パンの名店『パラダイスアレイ』の立ち上げに携わり、2005年に鎌倉に移住。鎌倉出身の夫と、’12年に昼は定食、夜はバー形態の『オイチイチ』をオープン。現在はランチのみ営業中。

瀬木いくよ
 
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鎌倉駅にはJR横須賀線、江ノ島電鉄が乗り入れている。瀬木さんが薦めてくれた店は、駅周辺の他、徒歩圏内の大町、江ノ電の腰越駅が最寄りのエリアなど。至近に駐車場のない『インクギャラリー』へは、タクシーが便利。すべてのエリアを一日でも回ることのできるコンパクトさが、鎌倉らしさでもある。

この記事は鎌倉を旅した前編です。後編はこちら

photo : Megumi Seki illustration:Junichi Koka text : Toshiya Muraoka coordination : Naoko Yoshida

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