真似をしたくなる、サンドイッチ
こんがり焼いた自家製フォカッチャに
ルッコラをたっぷりのせて。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.28May 09, 2023
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No114に登場した『カフェ・サンギュリエ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

オリジナルの特注パンが増えたこの頃。
コロナ禍を経て、サンドイッチが大いなる多様性を見せるようになってから、耳にする業種がいくつか現れた。その一つに、サンドイッチやバーガー専門店から注文を受け、店の意向に沿うパンを作る、卸専門のパン屋がある。その流れの中で、店舗を構える一般的なパン屋でも、サンドイッチ専門店のリクエストに応えて試作を何度も重ね、共同制作をするケースが出てきた。ひと昔前であれば、そういったコラボは星付きのレストランに限られたことだ。今はそんなわけで、サンドイッチ専門店といえど、その店オリジナルの特注パンに出合う機会はぐんと増えた。

のだけれど......。私は自家製パンに弱い。サンドイッチを作る店で、ランチ営業がそろそろ終わりを迎える頃に、翌日のために焼かれたパンがオーブンから出てくるタイミングに遭遇してしまったりするともう、一気に惹きつけられる。店内で吸い込んだ焼きたてのパンの匂いが数日おきに蘇ってきて、気づけばふらふらと足がその店へと向かい、しばし通うことになる。『カフェ・サンギュリエ』もそうだった。
心奪われたクロック・ゴルゴンゾーラ。
初めて出かけた日。メニューで真っ先に惹かれたクロック・ゴルゴンゾーラはもう売り切れで、既に行き先の決まった最後の数枚が私の席から見えるところに残っていた。予想通り、その残り数枚は消えてなくなったのだが、ふと気づいたら、明らかに焼かれたばかりの食パンが一斤、カウンターの端に鎮座していた。どこにも落ち度のない堂々たる姿に、どうしても食べてみたくて仕方がなくなって、私は、翌週、再度出かけた。ところが、それは毎日メニューにあるわけではなかった。結局そのあと立て続けに数回振られ、おかげで、食パンはクロック・ゴルゴンゾーラを作るときにだけ焼かれることがわかった。

やっとお目にかかれたクロック・ゴルゴンゾーラは、甘味と酸味のバランスが巧みなトロトロの具に香ばしさが散りばめられ、とてもおしゃれな味だった。食べていると、炒ったヘーゼルナッツのかけらに当たることがあった。砕けた途端に香りを放ち、溶けたゴルゴンゾーラと手を組むものだから、口の中だけじゃ収まらなくて、鼻でも食べているような感覚だった。あとになって知ったのは、ところどころに振りかけられたクランブル生地を細かくしたかのような粒は、ヘーゼルナッツを粉末状にしたものということ。だからあんなにも軽やかで香ばしかったのか、と合点が入った。クルトンのような油っぽさがなかったのだ。
毎日焼かれるフォカッチャにも惹かれて......。
クロック・ゴルゴンゾーラに出合うまでの間に、別の料理を開拓していた。食パンは日によるけれど、卵のココットやポタージュに添えられるフォカッチャは毎日焼かれていて、オープンサンドにもなる。これが、野菜たっぷりの色鮮やかな一皿で、実は、今ではこちらのファンだ。

具は季節の素材とともに少しずつ変わる。初めて食べたのは、カボチャとビーツのローストに、フェンネルのスライス、ヘーゼルナッツとルッコラのペースト。その上からたっぷりとリコッタチーズが削られて、中にみかんが潜んでいた。カボチャともビーツともフェンネルとも相性が良くて、すばらしいアクセントになっていた。寒い日には、ミートボールが具のものを食べたこともあった。ミートボールが見えないくらいに惜しみなくルッコラのサラダが盛られていて、それももちろんおいしかった。そして春になったら、一気にグリーンがボリュームを増した。

このフォカッチャオープンサンドの大きなポイントは、フォカッチャを平たく使っていないことだと思う。四角く大きく焼いたものを、まず2cm幅程度に切る。それを横に倒し、長さを半分に切ったら、もとの底面をくっつけて置く。そうすると、白い生地の部分が上に出る。 具を盛り付けるのに、大きさももちょうどいい具合だ。

春のフォカッチャは、最初にストラッチャテッラを一面に広げる。そこに茹でたグリーンアスパラと、マッシュルームのロースト、炒ったひよこ豆をチミチュリソースで和えて、載せる。チミチュリソースは、イタリアの細長いピーマン「フリッジテッリ」をピクルスにしたものを刻み、そこにギョウジャニンニクを漬け込んで香りを移した白ワインビネガーを加えたオリジナルレシピだ。ルッコラをたっぷり盛ったら、最後にソースを全体に散らす。聞いただけでも、冬から確実に季節が移行したことを感じる材料だ。実際私は、このバージョンがいちばん好きだった。
なんでフォカッチャにこだわるの?
それにしてもどうしてフォカッチャなのだろうと思い、尋ねた。このカフェは、パリのアパートを始め、フランス各地、そしてイタリアに点在するセカンドハウスなどの物件を扱う不動産屋がオーナーで、カフェの内装は建築家の息子が手掛けた。そして、オープンキッチンで腕を振うのはその息子のパートナー、ヴィクトワール。店で使っている、オリーブオイルとアーモンドは、オーナー夫妻が所有する南イタリア・プーリアにある家の庭で採れたもの。だから、パンどころかオリーブオイル自体が自家製なのだが、プーリアではパンと言ったらフォカッチャなのだそうだ。
家族でイタリアが大好きで、カフェを始めるにあたり、料理も南イタリアのテイストをベースにすることはすぐに決まったという。旅が好きなヴィクトワールは、インド、アルゼンチンにそれぞれ6ヶ月滞在したことがあり、他にも世界各地で味わった記憶が『カフェ・サンギュリエ』の料理にもところどころ反映されている。チミチュリソースもその一つだ。話を聞いて、オリーブとアーモンドの木に囲まれた庭で食べるオープンサンドを想像した。確かに、しっかりと噛みごたえのあるパン・ド・カンパーニュよりも、ハーブの香る軽やかなフォカッチャがしっくりくるな、と思った。
『Café Singuliers』

文筆家 川村 明子
