真似をしたくなる、サンドイッチ
とろ〜り流れる黄身を拭う幸せ。パリで愛される『カフェ・ヴァンチュラ』のクロック・マダム。January 23, 2026
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No59となる今回は、本誌No146に登場した『カフェ・ヴァンチュラ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

パリのサンドイッチ店は、昼時にフォーカスした営業時間を設定していることが多い。
大抵は、11時半か12時にオープンし、14時半から15時にラストオーダーを迎える。カフェやレストランでもランチにだけサンドイッチを提供する店が少なくないから、私の中では「サンドイッチはお昼に食べるもの」と定着している。だから、『カフェ・ヴァンチュラ』がクラブサンドイッチを出していることを知り、食べに行こう!と予定を組んだときも、当然、ランチタイムに出かけた。

よく前を通りかかるのに、『カフェ・ヴァンチュラ』には一度も入ったことがなかった。食材店や飲食店が軒を連ねるマルティール通りの角地で、向かいにはメリーゴーランドが置かれた広場があり、人通りの多い商店街の雰囲気を象徴するかのようにテラス席はいつも賑わっている。その活気ある様子に惹かれながらも入ることに躊躇していたのは、聞こえてくるのが外国語ばかりだったからだ。マルティール通りはそのままサクレ・クール寺院がそびえるモンマルトルの丘へと続いているし、あたりには小さなホテルも多い。それで、観光客目当ての店かもしれない、と勘繰っていた。

初めて訪れた日。扉を押して一歩足を踏み入れた瞬間に、その懸念は払拭された。思っていたよりもこじんまりとした店内に漂う空気はとてもアットホームで、どうしてこれまで入らなかったのだろう?と拍子抜けしてしまった。そんなふうに感じた人は、どうやら私が初めてではなかったらしい。「あなただけじゃないですよ。今までに何人も同じことを言ってきました。5年前から近所に住んでいるけれど、いつも英語が聞こえるし入るのが怖かった、とかね。で、一度来て、なんでもっと早く入ってみなかったんだろう?って言われます」と店主が話してくれた。
さて。窓際の席に案内され、いざメニューを広げると。
目当てのクラブサンドイッチが見当たらない。何度見返してもなかった。「今はもう出していないのかな……」と半ばがっかりしつつも、ならば、とクロック・マダムを注文することにした。クロック・マダムは、クロック・ムッシュに目玉焼きをのせたもの。付け合わせはフリットとあるのを見て、気分が大いに上がった。ありそうでなかなかない組み合わせだ。サラダを添えるのが定番だろう。
結果、大満足でランチを終え、店を出た。うれしさにホクホクしながら、また来よう〜!と店頭に立てかけられたメニューに改めて目を走らせたら、なんとクラブサンドイッチがあるではないか。それも朝食メニューに。どうも朝食にだけ出しているようだ。俄然興味が湧いた。そうして、おなかを十分に空かせ、朝ごはんに再訪した。

すると、前回と同じ窓際の席に案内された。2度目にしてすでに席についたそばからホッと落ち着き、「この店には通うことになりそうだ」と確信に近いものを感じて、メニューを開く。この朝は友人と一緒で、最初にクロワッサンを頬張り、クラブサンドイッチは半分ずつ分け合うことにした。
お待ちかねのクラブサンドイッチが運ばれてくるや、「おぉ〜」と声を上げた。切り口から見える断面が、層になっていない。もちろん食パンは重ねられているのだけれど、挟まれた具材はゴロゴロ。焼き目のついた鶏肉はひと口大で、ゆで卵もザクザク切られ、ロメインレタスは細切りでソースがよく絡んでいるのが見て取れた。食べると、作りたてのおいしさが口中に広がった。具と具の間に空気が含まれ、盛ったばかりの温かみが、サンドイッチというより料理を食べている感覚だ。鶏もも肉は、コンフィを作るように低温でじっくり火を入れ、仕上げに鉄板でジャっと焼き、マヨネーズにはスモークパプリカの香る自家製オイルをほんの少し加えて燻製香を纏わせ、それで具材全部を和えてから挟むのだという。

クラブサンドだけでも十分なのに、この店の朝食メニューは実に魅力的だ。2部構成で、見開き左ページには、ジュースや温かい飲み物にヴィエノワズリーなどを組み合わせたセットメニュー3種が書かれ、右ページはアラカルトになっている。このアラカルトが、"甘い系"と"塩味系"に分かれてそれぞれ5品並び、さらには塩味系のうち3つはパンを使った料理で、クラブサンド、クロック・マダム、ブリオッシュ・ペルデュというラインナップ。(フランスにはパン・ペルデュという料理があり、フレンチトーストのこと。元は「失われたパン」の意味で、古くかたくなったパンを捨てずに利用することからこう呼ぶ。)
昼メニューには、クロック・ムッシュのオプションとしてクロック・マダムが存在するのに、朝は、クロック・マダムのみということも気になったし、塩味のブリオッシュ・ペルデュにも大いに惹かれた。

厚揚げと見紛う厚みのブリオッシュに、ふわトロの卵ときのこのポワレ。
朝食は11時半までオーダーできるので、夕飯に外食の約束がある日、朝昼兼用のごはんを食べに出かけることにした。ブリオッシュ・ペルデュをオーダーすると、厚揚げと見紛う厚みのブリオッシュが、ふわトロの卵ときのこのポワレをのせて現れた。焼き色にそそられて、まずは端っこをひと口。柔らかくふわふわで、同時にもちっと弾力もあり、やわやわではない。少しチーズの塩気を含んだ焼き目の香ばしさが、ブリオッシュ自体の甘みを引き出しているのか、ほのかに甘みもある。おいしい。プリッと炒められたマッシュルームに卵を絡めブリオッシュにのせて食べてみると、今度はサクッとした香ばしさが一層際立ち、新たなおいしさが顔を出した。パン・ペルデュというと"甘いもの"と思い込んでいたことが不思議に思えた。「残ってるパンがあるし、明日の朝、パン・ペルデュにするけど、甘いのとしょっぱいのどっちにする?」って選択肢があるなんて、すごく素敵だ。
後日、改めてクロック・マダムを、朝ごはんに食べた。
朝は、フリットを伴わず単体でサーブされる。やっぱりおいしかった。パン・ド・カンパーニュは軽やかで、カリッと焼かれているけど内側はふわっとしたままで、ハムとチーズの蒸気で少ししっとりもして、それで、流れ出た目玉焼きの黄身を拭って食べたら、塩加減もちょうどで、「ほかには何もいらないよね」という気になった。挟まれているのは、ハムとスライスしたエメンタールチーズに、おろしたエメンタールチーズと生クリームを合わせたものと極シンプル。私は、チーズトーストとコーヒーの朝ごはんが大好きだから、こんなにもおいしいハム入りチーズトーストサンドを食べられるのはうれしくて仕方がない。考えてみたら、朝に卵を摂りたいという向きにもクロック・マダムは適っている。振りかけられたチャイブが、ちょっとした味変を生み出して、見逃せない脇役だったことも忘れずにお伝えします。
『Café Ventura』



































