河内タカの素顔の芸術家たち。
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ヴィルヘルム・ハマスホイThis Month Artist: Vilhelm Hammershoi / February 10, 2020
静寂に満ちた室内画を描き続けた画家
ヴィルヘルム・ハマスホイ
ヴィルヘルム・ハマスホイは、19世紀の終わりから20世紀初めにかけてデンマークの首都コペンハーゲンを拠点にしていた画家です。しかしながら喉頭癌を患い51歳という若さで亡くなってしまったため、制作を行なっていたのが十数年と比較的短かった画家でもありました。生前は国際的な評価がかなり高かったのに、没後長い間忘れ去られてしまったのですが、1990年代に入ってその独創的な作風が欧米で評価され、今ではデンマークを代表する画家の一人として知られるようになりました。
ハマスホイが創作活動を行なっていた1900年前後の頃は、印象派やキュビスム、フォーヴィズムと続々と新しい表現がパリを中心に誕生していたわけですが、そんな流行にハマスホイは背を向けて、卓越した肖像画で知られるホイッスラーやフェルメールを筆頭とする17世紀のオランダ風俗画から学ぶことを選択し、過去の余韻が残るような作品を抑えた色調で描いていきました。内向的で友人も少なかったそうで、賑やかな場に現れることもほとんどなく、愛妻イーダと住んでいた古風なアパートの室内やコペンハーゲンに残る教会など古い建物を好んで描き続けました。
冬が長いデンマークでは19世紀後半から暖かみのある室内画が人気を博していて、その背景にデンマーク人たちが大切にしている「居心地のいい時間や空間」を意味する「ヒュゲ(Hygge)」という価値観があったと言われています。しかしこの画家が描いた作品はというと、家族的な穏やかさや温かみや逸話性もないばかりか、灰色を基調とした暗い色彩も相まって、アメリカの画家のエドワード・ホッパーの絵にも通ずるような喪失感や都市生活者の孤独が感じられ、内省的な独特の雰囲気を持つ絵を描く画家としてのポジションを築いていきました。
そんなハマスホイの代表作として挙げられるのが、1898年から1909年までの11年間暮らした「ストランゲーゼ30番地」のアパートで描かれたものであり、約370点あるとされる全作品のうち実に1/3が室内画で占められ、しかもその大部分がこの住居の室内を描いたものでした。静かに佇んだような室内画は前述したように装飾的な要素が少ないばかりか、人がいないかあるいはイーダが一人ポツンと描かれ、それも後ろ向きであったり顔がぼけていたりして、一見すると日常の光景のようでありながら生活感がほとんど感じられないシュールさが大きな特徴といえるかもしれません。
この奇妙ともいえる作風に至った理由としてハマスホイはこう語っています。「古い部屋にはたとえそこに誰もいなかったとしても、独特の美しさがあると思っている。あるいは、まさに誰もいないときこそ、それは美しいのかもしれない」と。そして画面から装飾的な要素を省き、できるだけ少ないモティーフで構成するために家具を移動させたり取り除いたりして、さらには実際に見ている光景を写実的にとらえるのではなく、自らが暮らしていたその室内を美的空間としてとらえ、自分の内面にあるものをキャンバスに描き出そうとしているように見えてくるのです。
このアパートの部屋を様々な角度から描くことで変わりゆく繊細な光の描写といったものを追求していった結果、ハマスホイは当時の画家たちが真似できないような領域へと踏み込んでいったと言えるかもしれません。そんな個性的すぎる画風が当時の芸術の方向性に影響を与えることなく忘れられていったこと自体が今となっては不思議にも思えます。しかしながら、閉ざされた空間で静謐な絵を紡ぎ続けたこの孤高の画家が、日本でも二度(2008年と現在)展覧会が行われたことで、時を超えて多くの観客を魅了していることがなによりも嬉しく思ってしまうわけなのです。
展覧会情報
「ハマスホイとデンマーク絵画」
会期:2020年1月21日〜3月26日
会場:東京都美術館
https://www.tobikan.jp/exhibition/2019_hammershoi.html