河内タカの素顔の芸術家たち。
河内タカの素顔の芸術家たち。
ロベール・ドアノーRobert Doisneau / January 10, 2021
パリのエスプリを撮り続けた写真家
ロベール・ドアノー
「ミュゼット」ってご存知ですか? パリに行くと街角や地下鉄構内、ときには地下鉄の車両の中でも流れてくるアコーディオンの調べのことです。軽快でありながらもどこか哀愁を帯びていて、パリといえばぼくはエッフェル塔やセーヌ川、カフェやシャンソンとともに「ミュゼット」を思い起こしてしまうわけですが、写真の分野において最もパリを感じさせる写真家がこのロベール・ドアノーではないかと思っています。
ロベール・ドアノーの作品の中で最も有名なのが、恋人たちのキスシーンを捉えた「パリ市庁舎前のキス」だと思いますが、あの作品のようにドラマチックではなく、その多くはパリとその郊外において、そこに住む人々が繰り広げる日常のごく何気ない光景を軽妙かつユーモラスに撮り続けた写真家として知られています。子供の頃から愛してやまない場所や人々を、日々歩き回りながらフレームに収めることによって、ユーモアと人間味溢れる写真を数多く残していました。
実は冒頭でミュゼットのことについて触れたのも、黒髪の女性アコーディオン奏者を撮ったドアノーの有名な作品が頭のどこかに残っていたからです。ピエレット・ドリオンという名の流しのアコーディオン奏者に一目で魅了されたドアノーは、ビストロや大衆酒場で労働者たちを相手に人生や愛や失恋の歌を切々と演奏する彼女の姿と、それを熱心に聞き入る男たちの豊かな表情を捉えているのですが、そんなところこそ彼が「イメージの釣り人」と言われる所以なのかもしれません。
1912年、ドアノーはパリの南東にあるジャンティイという町に生まれました。幼い頃に両親を亡くし、生きていくために石版印刷工として働き始めます。13歳のときに初めてカメラを手に入れ、18歳にして写真家としてのキャリアをスタート。そして、22歳のときから大手自動車メーカーであるルノー社で広告や記録用写真を撮る仕事に従事していたのですが、写真の焼き具合に必要以上にこだわりを持ち、そのことが原因なのか遅刻が多かったためか解雇されてしまい、それから自分が納得のいく写真を追い続ける人生が始まります。
ドアノーの写真の最大の特徴といえば、ドキュメンタリーや報道写真とは異なる、どこかフランスの国民性や精神性を表す言葉「エスプリ」の感覚や茶目っ気が感じられるところだと思います。とにかくどの写真にも、フランス人らしい洒落の効いた独特の感性が息づいているというか……。加えて「写真とは創るものではなくて探すものだ」をモットーとしていたドアノーなだけに、普段はさほど気に留めない一瞬を、愛機のレンズを通して切り取ったライブ感溢れる撮影スタイルが代名詞となっていきました。また、市井の人々や労働者たちの日常や心情にもひときわ親近感を覚えていたと言われ、働く人々への温かい眼差しが感じられながらも、そこには小気味よいウィットに富んだセンスが含まれており、それゆえにドアノーの写真は時代を飛び越えて人々からの共感や人種や世代を超えての愛着を覚えるのかもしれませんね。
展覧会情報
「写真家ドアノー/音楽/パリ」展
会期:2021年2月5日(金)~2021年3月31日(水)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/21_doisneau/