河内タカの素顔の芸術家たち。
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ヘレン・フランケンサーラーThis Month Artist: Helen Frankenthaler / December 10, 2018
ステイニング技法を生み出した女流画家
ヘレン・フランケンサーラー
1950年代のニューヨーク抽象表現主義者を表す「ニューヨーク・スクール」において、ほぼ唯一の女性アーティストとして名前が挙がるのがこのヘレン・フランケンサーラーです。フランケンサーラーはジャクソン・ポロックの絵の具やペンキを滴らせるドリッピングという手法から影響を受け、下塗りをしていないキャンバスに薄く溶いた絵の具を染み込ませる「ステイニング」画法を考案したアーティストとして知られ、しかも他のマッチョな男性画家たちの作品に引けを取らないほど巨大な作品を描いていたことでも有名なアーティストでした。
1928年にマンハッタンに生まれたフランケンサーラーは、父親のアルフレッドがニューヨーク州裁判所の判事という家柄で、巷のアーティストとは比べものにならないほどのハイソな育ちだったのですが、今の時代とは状況がまったく異なり、1950年代当時のニューヨークのアートシーンで女性がアーティストとして認められるには、お金の力と才能があってもどうにもならないという現実があったのです。ではなぜ彼女がアートシーンで評価されていったかというと、クレメント・グリーンバーグという彼女より二十歳年長の著名かつ影響力のある美術批評家と付き合っていたからだと言われています。
もちろんフランケンサーラーの実力があったからこそグリーンバーグは強力な後押しをしたわけですが、とにかく彼女の名が知られるようになった大きな要因であったのは疑いのないことでした。しかし、結局彼らの関係も5年ほどで終わってしまい、そして次にイェール大学出身のロバート・マザーウェルと出会い結婚することになりました。類は友を呼ぶというか、実はこのマザーウェルもヘレンと同じかなりの良家の出であり、二人が結婚した際に「アート界のゴールデン・カップル」などと揶揄されたりもしたようですが、互いに刺激し合いそれぞれに抽象表現を高めていったことは二人にとってもかなり良い相乗効果になっていたはずです。
絵の具が直接浸透し異なる色彩が接点を求めるかのように融合しあうフランケンサーラーの絵は、同じステイニング手法を取り入れ極めていったもう一人の画家であったモーリス・ルイスの作品ほどのドラマチックさはなく、どこかしら山水画や禅画を思わせる幽玄美が感じられたりします。一発勝負ともいえるステイニングによる絵は、当然ながら偶発性に大きく作用されて生まれる絵であり(聞くところによると、彼女は自分の作業を見られるのを極端に嫌っていたらしく、アシスタントでさえも制作が始まると現場への立ち入りが禁止されていたそうです)、ゆえに出来栄えのよい作品とそうでないものの差がわりとあったりします。
その偶然性に関して本人も「苦労したことがいかにも感じられるようなものは私はいいと思えないの、でもそのような絵を10作描いているうちに、まさに一瞬にして生まれるべきして生まれたかのようなすごい作品が生まれるのよ」と語っているのですが、ステイニングを使った最初の作品であり彼女の代表作でもある1952年制作の『Mountains and Sea(山々と海)』のピンクや薄い緑や青などの淡い色彩の拡散するような自由さを見ると、そこにはすでにフランケンサーラーならではの世界観というものが表現されていて、彼女がデビュー当時から高く評価されたのもやはり並々ならぬ才能があったからだと納得がいくのです。