河内タカの素顔の芸術家たち。

河内タカの素顔の芸術家たち。
ヘリット・トーマス・リートフェルトThis Month Artist: Gerrit Thomas Rietvel / August 10, 2019

Gerrit Thomas Rietveld

Gerrit Thomas Rietveld / ヘリット・トーマス・リートフェルト
1888 – 1964 / NLD
No.069

ユトレヒト生まれ。家具職人の父親の元で修行し、若くして自身がデザインしたキャビネットなどの工房を始め、さらにP.ハウツァゲールスから建築も学ぶ。1918年に手がけた「レッド&ブルー・チェア」が雑誌『デ・ステイル』で紹介されたことでその翌年にはデ・ステイルのメンバーとなる。36歳の時に手がけた「シュレーダー邸」(その家のためにもう一つの椅子の代表作として知られる「ジグザグチェア」もデザイン)が欧州各国の建築雑誌で取り上げられ国際的な知名度を得る。「ゴッホ博物館本館」を1955年に設計、2000年に世界遺産に登録されたシュレーダー邸は現在ミュージアムとして一般公開されている。

ユトレヒトが生んだ偉大なる建築家
ヘリット・トーマス・リートフェルト

 「ミッフィー」の生みの親として知られるディック・ブルーナが住んでいたのがオランダのユトレヒトという街なのですが、ユトレヒトの名所としてその外観に特徴のある邸宅が残されています。この小ぶりの邸宅は近隣の近代的な家と比べてもそれほど変わっているわけではないものの、なんと世界遺産に登録されているほどの重要文化遺産であり、「シュレーダー邸」と呼ばれるこの家の設計を手掛けたのがヘリット・トーマス・リートフェルトというユトレヒト生まれの建築家でした。

 1924年に完成したシュレーダー邸はインテリアデザイナーだったシュローダー夫人が自身と二人の子供が住むための住居として依頼されたものだったのですが、赤、黄、青の三原色と、白、灰色、黒、そして垂直と水平の線と平面の組み合わせが、前回紹介したテオ・ファン・ドゥースブルフが提唱し、ピエト・モンドリアンが牽引していた「デ・ステイル」の基本的特徴を踏まえたような家であったのです。実際、この家はまさにそのモンドリアンによる絵をそのまま建築に当てはめたような外観や内装であり、世界遺産に登録された理由も「デ・ステイルが理想と考えた様式、そして理念を融合させた建築物として重要な象徴であった」からでした。

 優秀な家具職人の息子だったリートフェルトは、子供の頃から父の仕事を手伝いながら家具作りの修行に励み、23歳にして早くも自分の家具工房を立ち上げるほどの腕前でした。その後、アーティスト、建築家、デザイナーらが集結して結成されたデ・ステイルに参加したことで、その理念を体現化したような家具を次々と生み出していくことになります。その代表作が角材と平板によって組まれた彼の名前を世に知らしめた「レッド&ブルー・チェア」と名付けられた椅子であり、この造形的にも奇抜な椅子は単なる心地よさではなく調和やバランスを追求したような芸術性の高いものでした。それに加えて、バウハウスのプロダクトのように大量生産されること意図していたため、木材も比較的入手しやすい標準サイズのものが使われていて、そういったアイデアを建築へと発展させたのがシュレーダー邸だったというわけです。

 デ・ステイルの空間イメージを実現化したとされるこの世界遺産建築は、水平線と垂直線による幾何学的な構成による外観、そして室内においては可動式の仕切り壁を設けることで、リビングスペースを自由な間取りに変化させることを可能にしました。カーテンの代わりに三原色に彩色された板が使われていたり、二階へ食事を上げるための小さなリフトや伝声管が備え付けられていたりと随所に遊び心に満ちた工夫が施されていました。

 後年、シュローダー夫人からこの家を引き継いだリートフェルトは、スタジオを構え人生最後の6年間を過ごしたほど彼も愛着を持っていたところだったのですが、生涯にわたりユトレヒトで暮らし制作を行っていたディック・ブルーナも間違いなくこの家のことを子供の頃から眺めていたはずで、壁の色や造形的な面白さ、そしてこの家が醸し出すデ・ステイルのオーラを自身の創作活動に反映させていたのではないかと想像すると、当時の前衛的なムードを今に時代に伝えてくれるこの家に対して愛情がさらに増してしまうのです。

Illustration: SANDER STUDIO

『Rietveld’s Universe』(Nai Uitgevers Pub)リートフェルトの作品が生まれた文脈に焦点を当て、フランク・ロイド・ライトやミース・ファン・デル・ローエなど、同時代に活躍した芸術家に彼が与えた影響について語る一冊。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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