河内タカの素顔の芸術家たち。
独創的な水の表現を生み出したデイヴィッド・ホックニー【河内タカの素顔の芸術家たち】David Hockney / August 10, 2023
独創的な水の表現を生み出した
デイヴィッド・ホックニー
デイヴィッド・ホックニーとアンリ・マティスの展覧会が、いま東京で同時期に行われているわけですが、この二人の作品を見比べてみるとなんとも多くの共通点があるなぁと思いを巡らしてしまいました。思いつくままに挙げると、自分に身近な人や風景を題材にしていること、色彩の実験精神に溢れていること、平面性を強調していること、絵画史の知識が旺盛でそれを巧みに作品に取り込れているところなどで、個人的にはホックニーこそがマティス芸術の真の継承者ではないかと考えるほどです。
そしてもう一つ、彼らに共通する点で忘れてはならないのが、それぞれの作品に劇的な変化をもたらす温暖な場所へ移住したことではないでしょうか。フランス北部に生まれたマティスは、50歳を前にパリから南仏ニースへ拠点を移したことによって、それまで見られなかった軽やかな色を使うようになっていきました。一方、曇った日が多いことで知られる英国北部に生まれたホックニーは、ロンドンの美術大学を卒業後、27歳の時に米国西海岸のロサンゼルスに移り住み、現地の邸宅にはごく当たり前のようにあった青いスイミングプールをモチーフにした作品を好んで描くようになります。
しかもプールだけでなく、芝生に水を撒くスプリンクラー、大きなガラス窓や白い壁のモダンニズム建築、椰子の木や熱帯植物、燦々とした陽光に照らされた街並み、そして西海岸のカジュアルなライフスタイルと陽気な若者たちは、まったく異なる環境にいたこの英国人を魅了して止みませんでした。そのような明るく自由な雰囲気に囲まれた日々を送りながら、当時は比較的新しかったアクリル画材を使い、それまで誰も試みなかった独創的な表現方法による絵画を次々に生み出していったのです。
今回の回顧展にも、ホックニーがロサンゼルス時代に描いた『ビバリーヒルズのシャワーを浴びる男』(1964年) や『スプリンクラー』(1967年) が展示されていますが、水の動きをどれほど観察すればあんな描き方ができるのだろうかと感心してしまうほど実に際立った表現なのです。絶え間なく変化する水面や霧のような飛沫を表現するために、ホックニーは同色系の絵の具を塗り重ねたり、細い線を複雑に何層も描き込んだり、表面を引っ掻いたりしているものの、そういった試行錯誤が感じられないほどごく自然な描写表現としてキャンバスに描き残しています。
そういえば、ホックニーのプールの水の表現に関して、日本でのある体験がきっかけになったのをご存知ですか? 1971年にホックニーが初来日した際、京都市の美術館で行われていた「京都日本画の精華展」を訪れ、そこで福田平八郎の『漣(さざなみ)』という作品に感銘を受けたというのです。銀地の上に青一色で水の表面をリズムよく繊細に描いた平八郎の作品は、それまでの日本画にはなかったような独特の描き方で、ロサンゼルスに帰ってすぐにホックニーが取り組んだ一連のスイミングプールの作品は、京都で見たその絵が大きなヒントになっていたのは疑いのないことだと思います。
さて、今年86歳を迎えたホックニーですが、絵の具だけでなくiPadでも作品を制作し、自らが撮ったデジタル写真を絵に組み込むなど、今もなお絵画への飽くなき探究を続けているのには驚かされるばかりです。今回の展示でも大きな話題になっている、コロナ禍に描かれた全長90メートルにもおよぶノルマンディー地方の四季を描いた作品や、50枚のキャンバスを使っての超巨大な英国の風景画などは、そのダイナミックすぎるスケールを目の当たりにすると誰もが度肝を抜かれるはずです。このように彼は誰も追いつけないほどラジカルな進化を続けているわけですが、身体のコンディションさえ良ければ今後さらにとんでもない作品を生み出す可能性もあり、凄みのあるホックニーの活動には今後も目を離せそうもありませんね。
展覧会情報
「デイヴィッド・ホックニー展」
会期:2023年11月5日まで開催中
会場:東京都現代美術館
住所:東京都江東区三好4-1-1
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/hockney/index.html