河内タカの素顔の芸術家たち。

一瞬の水の揺らぎを描いた福田平八郎【河内タカの素顔の芸術家たち】Heihachiro Fukuda / September 10, 2023


福田 平八郎 Heihachiro Fukuda
1892 – 1974 / JPN
No. 118

大正から昭和時代の日本画家。明治25年に大分県に生まれる。子供の時から絵を描くことが好きで、絵描きになるべく京都市立美術工芸学校(現・京都市立芸術大学)に入学し優秀な成績で卒業。そして、第1回帝展に『雪』が入選して以来、官展への出品を続ける。21年『鯉』、翌年『鶴』が特選となり早々と画壇での地位を確立する。写実を基本としながら徹底した写生に基づく緻密な作風を追い続け日本画に新境地をひらいた。

一瞬の水の揺らぎを描いた画家
福田平八郎

 1971年に初来日したデイヴィッド・ホックニーは、京都市美術館で開催されていた「京都日本画の精華展」を訪れたそうですが、そこで遭遇したのが福田平八郎の『漣(さざなみ)』という日本画でした。その絵の研ぎ澄まされたような色使いと構図に驚き、のちにスイミングプールに代表される一連の水の表現を生み出すきっかけとなったとされています。このエピソードを知った随分あとに、同じ画家が描いた『雨』という作品を国立近代美術館で見て以来、僕はこの画家にますます興味を抱いてしまいました。

 画面いっぱいに規則的に瓦屋根だけが描かれているので、まあ普通であれば『瓦』というタイトルであるべきです。しかしこれがなぜ『雨』であるかというと、よく見ると格子状に並んだ瓦の表面に数多くの雨つぶが精巧に描かれており、しかもまるで動画のように刻一刻と乾いていく様を平八郎は繊細に描写をしていたからです。

「ある日、夕立が来るなと窓をあげて見ると、もう大きな雨粒がぽつぽつと落ち始めました。そして大きな雨脚を残しては消え、残しては消えてゆきます。それが生きものの足跡のようにも思われて心を打たれました。それがこの作品を成す由因とはなりましたが、しかし私は最後には瓦の構成を主とし、雨を副としてこの作品を描き上げました」(「自作回想」『三彩容臨時増刊99』1958年4月号)

 灰色の瓦を縁取る黒色の大胆な線はソル・ルイットやブリジット・ライリーらのドライなミニマル絵画を思い起こさせるものの、そこに雨粒を乗せることでまったく新しい生命を与えています。普段よく見かけるようなごく日常の風景を、まったく思いもつかない方法で描いた平八郎の発想力には本当に驚かされてしまいました。

 一方のホックニーを虜にした『漣』は、琵琶湖で釣りをしている時に水面の漣を描写した作品で、周囲の風景は一切なく波以外は描かれていません。二つ折りの屏風絵は画面全体に白金(プラチナ)箔が貼られ、その銀地の上に風によって水が動く様子を、群青色で多数の短い線を連らせ、銀色の地を水面に見立てて描いているのです。静寂に始まり静寂に消えてゆく、まさに美と静寂を合わせ持つ作品であり、また『雨』における瓦の水滴の繊細な描写とつながっているように見えます。

 全面がシルバーで覆われている絵で思い出すのは、個人的にはアンディ・ウォーホルの『エルヴィス』だったりするのですが、日本画の枠を軽く飛び越えて現代アートといっても十分に通用する斬新さがこの絵には確かにあるのです。『漣』は近くで見るとただ不定型な線の集まりなのに、距離をとって全体を眺めるとそれはまぎれもなく微風になびく水面に他ありません。この絵は平八郎の代表作と謳われるだけでなく、近代の日本絵画に大きな革新をもたらしたと言われても納得してしまうほどで、このような作品が近代日本画の中から生まれたことは本当に驚きです。

「日本画=浮世絵」ほどの知識しかなかったと思われるホックニーにとって、平八郎の斬新すぎる表現がいかに衝撃だったかが容易に想像できます。その強烈なインスピレーションをホックニーはロサンゼルスに持ち帰り、スイミニグプールの水面が動いて静まるまでの束の間の様子を平八郎のように凝視し、そして導き出したのが水色のロープや線が絡まり合うような前代未聞の水の表現だったというわけです。このように現代アートの文脈で引用されるようになるとは、おそらく平八郎は考えもしなかったはずですが、この先も多くの可能性をもたらしてくれそうな稀有な画家であるのは間違いなさそうです。

Illustration: SANDER STUDIO

『福田平八郎展 生誕100年記念』(朝日新聞社)1992年に生誕100周年を記念し開催された展覧会の図録。福田平八郎の代表作をたっぷり収録する一冊。

展覧会情報
「没後50年 福田平八郎展」
会期:2024年3月9日(土)〜2024年5月6日(月)
会場:大阪中之島美術館
住所:大阪府大阪市北区中之島4丁目3−1
https://nakka-art.jp/exhibition-post/fukudaheihachiro-2023/


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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