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Augustus Pablo 『East of the River Nile』 連載コラム : Rintaro Sekizuka #3January 21, 2025
毎年レコードの買い付けに海外へ行っています。昨年の夏はパリから始まりスイス、イタリアを経由してカンヌ、リヨン、最後にパリに戻ってくるという3000kmの旅をしました。
キャンピングカーにレコードを積み込んで一日5時間走り、レコード屋を回って友人達と会い、また次の街に行く、という流れです。毎日山の中で眠りました。朝は街のスーパーマーケットで現地の新鮮な食料を調達して、また山へ向かいます。
ヨーロッパではキャンピングカーで旅をする人が多く、「park 4 night」という超画期的なアプリで良いキャンプスポットを知ることができます。私達は夜に到着する予定だったので、朝の山の景色がよく見えるような場所を選びました。
バイイングで訪れたスイスのジュネーヴに、『Bongo Joe Records』というレコード屋があります。
ローヌ川という大きな川が、街とバンク・ストリートの間を流れており、その中州のような場所にお店が位置しています。夏になると、お店の前から人々が川に飛び込むそうです。両サイドに川があるので、人や車の音の代わりに、川が流れる音が永遠に聞こえてくるという、レコード屋としては理想の場所です。
かつてジュネーヴでは、音楽が文化として認められていなかった時代があり、この場所でプロテストとしてゲリラ的に演奏が行われていました。その建物が、今はレコード屋になっているという歴史的背景もあります。
彼らがある夕方に川沿いでDJをするというのでついていきました。
お店から15分ほど川沿いを歩き、たどり着いたのはローヌ川の下流でした。
そこは都市から自然の中に入る境目のような場所で、ビールを飲んだりそれぞれが自由気ままに時を過ごしていました。仕事帰りにオフィス近くの上流から川に入り、下流で陸に上がって家に向かうおじさんもいました。
「ああ、そういえばここはヨーロッパだったな」と。パリからずっとドライブしていて下界との接点がなかったため、現実に戻ってきた感覚がありました。
川の一番奥にはDJブースやバーがあり、こんな場所がお店から歩いて15分のところにあるのかと感心しました。
東京でいう荒川、隅田川を中心とした浅草だったりするのかな。けれど、泳げるほどきれいじゃないということを考えると少し違うかなと。そうなると、山々が並ぶ長野の上高地の近くの街で、仕事終わりに川で泳いで家に帰るというような感じかと空想していました。
日が暮れるまで持ち込んだワインを飲みながら、たまに上流まで歩いて川に飛び込み下流まで流れて、彼らがかけるレゲエやダブに耳を寄せ、ゆっくりと過ごしました。
「なんて国なんだここは......」と思いながら流れてくる人をぼーっと見ていると、白鳥も流れてきました。人なつこい白鳥は下流まで行くとまた上流に飛んでいき、気づくと私達がいる川辺で遊び始めました。そこで、一人の兄ちゃんが白鳥と一緒に泳ぎだしました。
上流から下流まで流れ、人から隠れるような木々の多い川辺にたどり着いた一人と一羽は、最初は遊んでいるような様子でしたが、だんだん違う雰囲気に変わっていったような気がしました。近づいては離れていき、視線を奪おうと手を伸ばすと避けられる。白鳥の女性と白鳥になろうとしている男性、あるいは人間になろうとしている白鳥と人間の男性のように思えました。
約5分ほど眺めていた二人の関係性が、まるで1時間の種族を超えた繋がりを写したドキュメンタリー映画を見ているかのようでした。
その映画の挿入歌にチャイコフスキーの「白鳥の湖」はどうかなと聴いてみましたが、きれいで高貴すぎるイメージは違うなと。あの日、ローヌ川でかかっていたダブに体を揺らしていた二人は確実にダブヘッズだし、下手したらあの川はナイル川だったんじゃないかと。
ということで挿入歌に選んだのは Augustus Pabloの 『East of the River Nile』。
1954年にジャマイカで生まれ、オルガンを学び1970年代以降に多くの名作を残したルーツロックレゲエとダブのキーボード奏者です。メロディカ(鍵盤ハーモニカ)を本格的に音楽に取り入れ、他にはない唯一の音楽性は現在でも世界中で聴かれています。
そしてエンディングは彼の別のアルバム『Ancient Harmonies』から、「Drums to The King」で締めくくりたいと思います。
edit : Sayuri Otobe