ウィリアム・エグルストン文/河内 タカThis Month Artist: William Eggleston / February 10, 2018
カラーフォトグラフィーの先駆的な写真家
ウィリアム・エグルストン
カラー写真によるアート作品のパイオニアとして高く評価されているのがこのウィリアム・エグルストンという写真家です。アメリカ南部のメンフィスに生まれ育ったエグルストンは、アンリ・カルティエ=ブレッソンの『ザ・ディサイシブ・モーメント(決定的瞬間)』とウォーカー・エヴァンスの『アメリカン・フォトグラフス』という2冊の写真集に深く感銘を受け、当時はモノクロ写真が芸術写真として評価されていたこともあって彼も当然のように白黒フィルムによって撮っていました。しかし新たなスタイルを模索してのことだったのか1965年代から一転してカラーでの撮影を始め、それがやがてMoMA(ニューヨーク近代美術館)の写真部門の名物キュレーターだったジョン・シャーカフスキーの目に留まったことで、ほとんど無名だったにもかかわらず1976年に初の美術館展を行うことなったのです。
ところがこの展覧会は思いのほか大きな論争の火種になってしまうことに……。今の感覚からすると信じがたい話なのですが、その理由というのが「(広告や商業写真に使われる)カラー写真なんて芸術作品じゃない」「劣化してしまう写真なんて美術館がコレクションしても意味がない」といったもので、そういった酷評が出たのは前述したように芸術写真というのはモノクロでなければならないという写真界における旧来の固定観念があったからです。しかし、この騒動が功を奏し南部出身の新人フォトグラファーだったエグルストンの知名度を後押しすることになったばかりか、カラー写真が芸術作品としても認めらえるようになるきっかけにもなっていったのです。
そして、このときの展覧会に併せて出版されたのが、郊外の家の前にドーンと置かれた緑色の三輪車を撮った印象的な作品の下に、『William Eggleston’s Guide』というファミリーアルバムに使われるような金文字のポップなタイトルが箔押しされた写真集でした。1969年から1971年までの間に撮影された375のカットから厳選された48点がこの写真集に使われ、銃を持ってベッドに座るメガネをかけた初老の男性、花模様のワンピースを着て花柄のベンチに腰掛ける婦人、あるいは濁った道路の水を飲む犬など、メンフィスやテネシーやアラバマでの何気ない風景がある一定のトーンで切り取られていて、じつはこの本は写真史の中でも重要な一冊とされているほどです。
エグルストンの撮った写真はどこか消えゆくアメリカの原風景を写し撮ったものだったり、あるいは私的なストーリーが感じられるものの、一点一点がなにか特別なオーラや哀愁感のようなものが漂っているのです。おそらくその土地の空気感を知り尽くしたエグルストンが、自身の日々の暮らしの中で遭遇するシーンを彼なりの純粋な視点で切り取っていたことで、なにか独自の世界観が抽出されたのかもるというか……。言い方を変えるならば、エグルストンが撮るものは彼の中ではごく日常の風景であったのに、そこには誰もが共感できるユニバーサルな美しさや新鮮さがあったという感じでしょうか。
ともかく、見る者を強く引き込むエグルストンの普通の視点で撮られた何気ない写真は、なぜか飽きがこない普遍性が息づいていて、ここしかないという構図やカラーフィルムによる哀愁に持ちた独特の色合いといった様々な要素が重なり合うことで我々を魅了するのかもしれません。今もメンフィスに住み写真を撮りながらピアノを弾くことを趣味とするいうエグルストン。個人的には、いつの日か彼の撮った風景や街並みを求めてアメリカ南部の旅をしてみたいと、エグルストンの心に残る写真を見るたびに思ってしまうんですけどね。