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極私的・偏愛映画論『マイ ビューティフル ガーデン』選・文 / 山藤陽子(ライフスタイルコーディネーター) / April 25, 2021

This Month Theme花や緑とともに暮らしを楽しんでいる。

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孤独な魂を癒してくれた庭や美しき植物。

春は公園や街中の木々の芽吹きに生命力を感じ、ワクワクする季節。

未曾有の出来事があってから、当たり前だと思っていた日常の幸せの奇跡に改めて気付くことがあります。植物が生活の中にあることに安らぎを感じて人間も植物も地球で生きる同じ生き物であることや自然の摂理について改めて考えたりする方も多いのではないかと思います。

『マイビューティフル ガーデン』の主人公ベラ・ブラウンは、生い立ちのトラウマから予測不能な自然の営みや植物を恐れるようになってしまった女性。自分の暮らしの秩序(ルール)の枠の中で孤独に生きている彼女は、賃貸のアパートメントの庭の植物を荒廃させてしまい、立ち退きを迫られるピンチに見舞われることに。その状況にひどく困惑した彼女だが、美しい庭をこよなく愛す隣家の偏屈な老人や周りの人たちと少しずつ会話を重ねることで、いままで向き合えずにいた“外の世界”に出会い、彼女の人生観が変わっていきます。

隣人の老人はベラに大切な園芸本を貸し、庭づくりに挫折しそうになった彼女を自分の庭に招待します。そこで老人はベラにこう語ります。「庭は美しい秩序を保った混沌の世界。乱雑ではなく混沌」だと。その言葉にベラが心動かされるシーンがとても印象的でした。

自然は人の心を優しく癒してくれるばかりではなく、時に厳しく私達に試練を与えることもあるもの。それは地球とともに生きるものすべてが循環しながらバランスをとり、共存していくための「自然界の法則に沿った秩序に基づいた必然」を意味するメッセージに聞こえました。

私は植物の香り成分を抽出してオリジナルのパフュームをデザインすることを生業にしています。植物の芳香は生育状態によって年々変化することもありますし、環境や場所によっても感じ方が変わるもの。そうしたことを感知し、五感を研ぎ澄ませて調香しています。私はその芳香の違いを「植物のメッセージ」だと受け取っていて、「同じものはひとつもない」という自然の尊さや愛おしさを日々感じています。

最近は家にいる時間が多くなり、たくさんの人と触れ合うコミュニケーションが難しい中、日常で花を飾って愛でたり、土に触れて植物に愛情を注いで育てたりすることは、とても大切な時間だと実感。植物からたくさんの癒しを受け取っていることに改めて気づかされています。

人間の役割や地球の未来、自然界の秩序や混沌について向き合うきっかけをくれる本作は、私たちに小さいけど、とても大きな1歩をくれるはず。植物の息吹を感じるいまの季節にぴったりな素敵な作品です。

illustration : Yu Nagaba
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キュートなベラのファッションも素敵。彼女の暮らしぶりのルーティン、色違いで揃えたシャツや曜日別の7本の歯ブラシなど主人公のさまざまな“マイルール”にも注目を。不器用な自分に悩みながらも、自然や隣人達との触れ合いから新しい扉を開いていくベラの生き方に心が温まります。
Title
『マイ ビューティフル ガーデン』
Director
サイモン・アバウド
Screenwriter
サイモン・アバウド
Year
2016年
Running Time
92分

ライフスタイルコーディネーター 山藤 陽子

「気持ちいいと感じること」をテーマにブランドコンサルティング、オーガニック化粧品、雑貨などの商品企画、開発などを手がける。2015年、南青山にサロンのようなスペース「HEIGHTS」をオープン。自身が調香したパーソナルフレグランスや生活雑貨を販売している。

york-tokyo.com/heights

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